二人だけの約束

文字数 1,673文字

 あれから、またいくらか時間がたった。
 毎日を過ごしていく中で、特に変化も見えず、夏島からもあれから連絡はなかった。
 コウ博士が装置の試作を作っている最中なのかもしれない。

 そんな中。

「ネイスクレファさま、今日は俺と出かけませんか?」

 ルーシャスが朝の報告の時間に、珍しくあたしを散歩に誘った。
 
「仕事はいいのか」
「これも執務とは違う、大事な仕事だと思っています」

 にこりと甘い笑顔を向けられ、不思議に思う。

「どこへ行くというのじゃ」
「去年見せていただいた、フロールの木に。いま、あの木は白い小さな花が満開にさいているんですよ」
「ほう……」

 よく覚えていたと思う。この時期あの花が咲くことを。

「見に行ったのか?」
「少し。様子をみるだけ。じっくり楽しむのはネイスクレファさまと一緒にと思いまして」

 歯の浮くような台詞を言いながら、横に来て執務机に座るあたしの手を取る。
 そんなことをされたのは初めてだった。

「行きましょう!」
「あ、ああ……。待て、分かったからそう急かすな」

 ルーシャスに促されながら、あたしたちはあのフロールの木へと向かった。



 彼の言ったことは本当だった。フロールの木には見事に花が咲いていた。
 白い雪原の中にたった一本立っていて、氷や雪の上に花びらが舞う。
 去年と同じように。
 沢山の小さな白い花が、ちらちら、はらはら。
 静かにしずかに舞っている。

「もう、あれから一年がたつのか」
「そうですねえ。早いものです。去年よりも心なしか木が大きくなったような気がします」
「そうじゃのう。去年より花も多い気がするのう」

 また彼と見ることになるとは、思ってもみなかった。

「ネイスクレファさまとまた見ることができて、とても嬉しいです。来年も一緒にみましょうね」
「そんな戯言ばかり言ってないで、早く身を固めんか」

 ルーシャスを見ながら真面目に言うと、残念そうに彼は大きなため息をついた。

「なぜ、いまこんなに雰囲気がいいときに、俺の結婚の話になるんです?」
「? おぬしの歳なら、もう身を固めてもおかしくないじゃろう?」

 また盛大にため息をつかれた。

「俺は初めに言いましたよね。この島とあなたを守りますって。あれはその場の戯言じゃない」
「あたしは守られなくても大丈夫だと言った。その分、自分と民のことを考えろともいった」

 言い返すと、彼も真面目な顔になる。

「あなたの冬島の生きものを想う気持ちは尊いです。でも、ご自分のことを突き放すような発言はしないでください。俺がかなしくなる。俺はこの島とあなたにこの生涯をかけています。それに白神官が結婚しなければいけない理由もない」 

 いままで見たことのない顔で、ルーシャスはあたしの手を取った。

「それに、あなたは可憐で可愛い女の子でもあるから」
「それは誤解じゃろう」
「いいえ。貴女は確かに季主さまで、私もとても尊敬しています。しかし、私から見ればとても可愛らしい女性にも見えます。華奢で、美人で、頑張り屋で、花が好きな」

 あたしの手を握りながら、彼は少し苦し気な表情で眉をよせた。

「応えてくれなくてもいい。でも、拒絶もしないでください」
「……」

 そして、そっとあたしの手の甲へ口づけをする。

「ルーシャス……。あたしは、人間ではないから、応えることができない」
「そんな困った顔をしないでください。いいんです、応えてくれなくても」
「不幸になるぞ」
「なりませんよ」

 さっきとは違った幸せそうな顔をしてあたしを見る。そして、思いついたように彼は一つの提案をした。

「そうだ。せめて、あなたのことをネイスさまと愛称でよんでもいいですか? 俺だけの呼び名で」

 彼がすごく嬉しそうにいうから、あたしは仕方ないと思ってそれを承諾した。

「よいよ。好きに呼ぶとよい」
「はい、ネイスさま」

 白い花がちらちらと舞う。
 あたしたちは二人だけの場所で、二人だけの約束をした。



 それからまた、いくにちかたったある日。
 夏島から招待状がとどいた。
 装置の試作品が出来たから、見に来て欲しいと。

 あたしたちはまた、一緒に夏島へいくことになった。
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登場人物紹介

ゼス (秋主) 


秋島の季節を守る季主。守り神のような存在。ゼスは愛称でアレイゼスという。

頑健な体つきにおおらかな性格。

ミローズ


小さなころから絵を描くのが好きで、絵描きになった女性。

多くの耳飾りや変わった髪型という奇抜なファッションをしている。


ネイスクレファ(冬主)


冬島の季主。長く生きてきたので、しゃべり方が老婆のよう。


ルーシャス白神官


冬島の筆頭神官。冬島の人間達の長。

三十代という若さで筆頭神官になった、少し変わった男。

ルファ(春主)


春島の季主。

女性体の体を持っているせいか、季主にしては女性的なものの考え方をする。

レイファルナス(夏主)


夏島の季主。人間に肩入れしやすい性格。

男性体の体をもっていて、とても美しい。

コウ・サトー (博士)


夏島出身の天才的研究者。

彼の発案から、この世界のしくみが変わる。

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