夏島からの手紙
文字数 1,745文字
「おはようございます、ネイスクレファさま。相変らずお美しいですね」
扉をたたいたあとに、歯の浮くような台詞を言って、あたしの執務室へと入ってくる男。それは、ルーシャスしかいない。嫌味なほどにさらりと言って、笑顔であたしの前に立つ。
「銀色の髪が光ってまるでダイアモンドのようです」
にこり。
ダイアモンドはあたしの貴石であり、同時にこの冬島を護る貴石だ。だから、ルーシャスは引き合いに出したのだろう。この世界の船や各浮島をつなぐ飛行船の動力源ともなる貴石には、季主の力が込められている。世界中のものが誰でも知っているこの世界のことわりだ。
「そうかの」
あたしは軽くルーシャスを流した。
「本当ですよ?」
その態度が気に入らなかったのか、ルーシャスはまた笑顔で念を押した。
「分かったわかった。それよりもおぬしはここに何をしにきたのじゃ。朝の報告があるだろうに」
「ああ、そうでした」
にこり。
さらに笑顔が深まり、ルーシャスは冬島での出来事をかいつまんであたしに報告する。
いくつかの報告をすませると、最後に手紙を懐からだした。
「それと……夏島からネイスクレファさまに手紙がとどきました。差出人が夏主であるレイファルナスさまだったので、中身の検分はしておりません」
「レイから手紙? 分かった、ここによこせ」
あたしはその手紙を執務机ごしに受け取る。青いサファイアの色をした縁飾りの封筒。封蝋はレイのものだったので、そのまま手で開けた。
中の手紙を引き出して読んでみる。
一通り目を通すと、ルーシャスが興味深げに聞いてきた。
「レイファルナスさまは、どんなご用件なのでしょうか」
「近々使者と一緒にこの冬島に来たいそうだ。日にちはこちらで決めて良いと。とても重要なことを話したい、と書いてある」
「レイファルナスさまが来るまで用件は分からない、ということですか?」
「そういうことじゃな」
この件はそのときにと、あたしはレイからの手紙を机にしまった。
「それにしても、ルーシャス。夏島のレイはものすごく美しい季主じゃよ」
「? それがなにか?」
「おぬしは美しいことが好ましいと思っておるのではないのか? あたしのことを美しいというときも、おぬしは嬉しそうな顔をしているではないか」
そう問えば、ルーシャスは心なしか顔を赤らめて怒り出した。
「誤解ですよ! だいたいレイファルナスさまは男じゃないですか! 男が美しくてもちっとも嬉しくない! 俺はネイスクレファさまだから嬉しそうに美しいですね、というんです」
「なぜ、あたしだと嬉しそうになるのじゃ」
また不思議なことを言う。それに、レイは季主だから男とも言い切れないのだけど。
「ネイスクレファさまが可憐で可愛い女の子だからですよ!」
「……!!」
いままで二千年から生きてきて、この言葉には心底おどろいた。
「あたしか可憐でかわいい女の子?」
初耳だ。このあたしをそんな風にいう輩がいるなんて。
ルーシャスは白神官でありながら季主というものがどういうものか、分かっていないのだろうか。
「ルーシャス……知っていると思うが、あたしは二千年を生きてきたものじゃ。そして性別もないから女でもない」
「いいえ、ネイスクレファさまは可憐で可愛い女の子、の一面もあるんです。少なくとも外見はそうなのだし。その細い肩に冬島のすべてが乗っていると思うと、手を差し伸べたくなります」
頭が痛くなってくる……。この男は本気で言っているのか?
「だから、俺が冬島と共にあなたもお守りいたします」
「あたしのことは守らなくてもいいから自分と冬島の民を守れ。あたしは自分でなんとかできる」
「……さすが冬主さまです……! 自分のことよりも民のことを優先されるとは!」
かえって感激されてしまった。
「敬愛とともにさらに好きになりました」
「……は、あ? 人の話をきいておるのか?」
そこまであたしが言うと、ルーシャスは、はっとして壁の時計をみた。
「いけない。もう報告の時間は終わっていました。次の仕事がありますので退出します」
「……よいよ。行け」
「はい、ではまた明日の朝に。レイファルナスさまの件は、こちらで日程を組んでおきますね」
「頼む」
「はい」
あたしに返事をすると、さわやかにルーシャスは去って行った。