サカの実ジャムの出来上がり

文字数 2,179文字

 びんに貼る張り紙を描いているうちに、サカの実のアクが抜けた。
 その実を今度は一度ゆでて、ゆでたサカの実が柔らかくなったところで、種を取る。
 サカの実には、大きな種が一つはいっているので、それを取るのだ。

 大きな鍋三つに湯をわかした。
 その間に、おばあちゃんやキリールさんやらと無駄話をしたりして、たわいのない時間をすごす。
 テルナージェ先生とメリルは、穏やかに時間が過ぎるのを待っている。
 キリールとジェイは、湯がわくまで待つのにあきたジェイにキリールが怒っていた。
 おばあちゃんは日向でホクホクした顔でそんな皆をみている。
 わたくしもその中に入って、平和な時間をすごした。

 ゆであがったサカの実は、湯気をたてていたので、粗熱をとって、包丁で種の周りをこそげとる。
 テルナージェ先生に教えて貰い、その通りにやったつもりだったけれど。

「ああ、ルファちゃん、危ないあぶないよ……! ここはあたしがやるから、みていなさい」

 包丁などめったに使う事のないわたくしは、この中で一番あぶなっかしかったのだろう。
 さっそくおばあちゃんに作業をとめられてしまった。

「だいじょうぶよ、おばあちゃん」
「いやいや、そんなんじゃ、手を切っちまうよ」

 おろおろと心配気にわたくしの方をみるおばあちゃんに苦笑して、そこはテルナージェ先生にやってもらうことにした。おばあちゃんがやると言っていたけれど、先生がさっと来てくれたのだ。

 先生は、やはり先生だ。綺麗にサカの実を種からこそげ落として、実だけを取る。

「ああそうだよ、やっぱり先生だねえ」
「ふふふ」

 テルナージェ先生が思わずと言った風に笑う。

 他のみんなも笑顔になった。

 厨房内にはサカの実を切ったことによって、爽やかな香りが充満している。
 いい香りと楽しい作業に、やっぱり来て良かった、と思う。



 そのまま、三つのなべでサカの実を煮込む作業にうつった。
 煮込みながら砂糖を加えて行くのだ。

 初めは硬そうなサカの実の切れ端が、なべで熱することによって、とろとろと溶けていく。

 わたくしも鍋を一つ任されて、そこに入ったジャムを掻きまわしていた。
 おばあちゃん、キリール氏、わたくし、で鍋を担当し、テルナージェ先生は監督、ジェイとメリルは補助で。

 少しとろっとしてきたかな、というときに、砂糖を分量の半分入れる。
 しばらくしたらまた半分入れて、鍋を木杓でかきまわす。

 かきまわしているうちに、艶が出てきて、とろっとした橙色のジャムができてきた。

 さわやかな香りが厨房じゅうに漂っていて、美味しそうだ。

「なあ、先生、味見していい?」
「いいわよ」

 ジェイが目を輝かせる。
 テルナージェ先生はにこりと笑って、鍋からジャムを小皿にとりわけた。
 それをジェイが匙で掬って食べる。
 
「んー、すっげー、うまい」

 ジェイはジャムを食べると、幸せそうな顔をした。

「それなら良かった。みなさんも少し味見してみてください」
 
 テルナージェ先生に促され、わたくしたちはジャムを小皿に少し取り分けて、小さなさじで食べてみる。

 香りと同じ――いやそれ以上の爽やかな甘い味が、食べたとたんに鼻に抜けていった。

「おいしい!」

 感無量で一言、口をついて出る。

「うん、おいしいね」

 わたくしのつくったジャムの鍋からおばあちゃんも味見した。
 一口食べると、うんうん、と言っておばあちゃんの口元がゆるむ。おばあちゃんも納得の出来だったようだ。
 
「どうですか、メイおばあちゃん」
「いい出来だね、ルファちゃん、よく出来たね」

 にこりと、干したふとんのような温かくて柔らかい笑顔が向けられた。
 そして、ぽんぽん、とわたくしの頭に手をのせて、あやすようににこりと笑う。
 まったく子ども扱いされているのに、何か、わたくしのこころにも暖かくてこそばゆくて、言い表せない感情がよぎっていった。

 人間の母親とは、こういうものなのだろうか。
 暖かく、愛情深く。
 いままで感じたことのない感覚だった。
 
「おばあちゃん!!」

 両頬に手をあてて、驚愕の顔をしたテルナージェ先生の悲鳴がひびきわたった。

 ジェイが、もう堪えきれないという顔で、わはわはと笑う。

「メイおばあちゃん、最高で最強!」

 ジェイがそう言ったのを聞いて、父親のキリールはまた怒りだした。

「ジェイ!! お前、ルファさまに失礼だろうが!」
 
 また拳骨をくらいそうになって、ジェイはあわてて逃げる。
 
 それにしても、頭に触れたおばあちゃんの手の温かかったこと。
 柔らかくて、暖かくて。小さな手なのに、そこには大きな慈愛がこもっていると、直感的に感じた。
 初めての感覚で、少し呆然としてしまう。

 「イリーナも良く出来たね」

 そう言ってメリルの頭にもぽんぽんと手をおいて、やさしく肩を撫でた。
 メリルは少し照れながら、おばあちゃんにされるがままになっている。

 テルナージェ先生が、呆然としているわたくしに、またもや頭をさげた。

「もうしわけありません、ルファさま」

 そんな光景がすこし面白くなってしまって。
 わたくしも笑ってしまった。

「いいのよ。本当にいいの。楽しくて仕方が無いわ」

 怒るキリールに、逃げるジェイ、恐縮するテルナージェ先生に、大人しいメリル、面白いおばあちゃん。

 このちょっと騒々しい面々で、楽しくジャム作りの作業が一段落した。

 


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登場人物紹介

ゼス (秋主) 


秋島の季節を守る季主。守り神のような存在。ゼスは愛称でアレイゼスという。

頑健な体つきにおおらかな性格。

ミローズ


小さなころから絵を描くのが好きで、絵描きになった女性。

多くの耳飾りや変わった髪型という奇抜なファッションをしている。


ネイスクレファ(冬主)


冬島の季主。長く生きてきたので、しゃべり方が老婆のよう。


ルーシャス白神官


冬島の筆頭神官。冬島の人間達の長。

三十代という若さで筆頭神官になった、少し変わった男。

ルファ(春主)


春島の季主。

女性体の体を持っているせいか、季主にしては女性的なものの考え方をする。

レイファルナス(夏主)


夏島の季主。人間に肩入れしやすい性格。

男性体の体をもっていて、とても美しい。

コウ・サトー (博士)


夏島出身の天才的研究者。

彼の発案から、この世界のしくみが変わる。

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