コウ博士の技術
文字数 2,345文字
夏島へ行くには、また季主の道を通っていく。
冬神殿の前庭にある祠の中の扉から、その道は続いている。
あたしはルーシャスを伴って、扉の前にたち、夏島を思い浮かべながら取手を撫でた。
「さあ、いくぞ」
「はい、ネイスさま」
がちゃりと取手を回すと、そこは玻璃のように輝く洞窟になっている。
ルーシャスと一緒に進んで行くと、玻璃は次第に青い透明な石に変わっていき、正面に青い扉が見えた。
そこを開けると。
空気が暖かい。
そして、雨のあとなのだろうか、湿気もあった。
周りには青々とした木々や蜘蛛の巣に、雨のしずくが無数についていた。
夏島、夏神殿前の林の中にある祠に出たのだ。
正面には、大きくそびえる青い屋根の夏神殿がみえる。
「俺、夏島に来るのは初めてです。当たりまえですが暑いですねえ。着替えてくれば良かった」
「正式な服装とはいえ、冬島の神官服では暑いじゃろう。そうか、夏島には初めて来るのか。ならば、あとで街を見て回るのも良いよ」
「夏島の名産ってなんでしょうね……」
「街では、木彫り細工の置物や、搾りたての果汁水 の売店なんかが出ている。飲んでみるのもいいかもな」
そんな会話を交わしながら夏神殿の入口へと向かう。
途中に、大きな水のたまったまるい施設があった。
その中央から高く水が噴き出している。
周りにも同じように丸くて小さなものが二基あって、中央から水が吹き上げていた。
「あれはなんでしょう? 水を出していることになにか意味があるのでしょうか」
「冬島では絶対に考えられない施設じゃな……。前に来た時はこんなものはなかったのに」
あたしたちがそれをあっけに取られて眺めていると、コウ博士が出迎えに来てくれていた。
「ネイスクレファさま、ルーシャス白神官、ようこそ」
そう言って、水の施設に魅入るあたしたちを見て、満足気な顔であたしたちを夏神殿へと案内してくれた。
夏神殿の中へ入ると、そこはとても涼しかった。
夏島とは思えないような、秋島のような涼しさ。
それにあたしが驚いていると、コウ博士が歩きながら解説してくれた。
「あとでくわしく説明しますが、もうこの夏神殿は工事が終わっているんです。そのおかげで涼しくなっています。百聞は一見にしかず。実際に体感してもらった方が、分かりやすいと思いまして、試作を夏神殿でやらせてもらいました。レイファルナスさまとメノア蒼神官にとても協力していただいたんです」
冬島の筆頭神官が白神官というように、夏島では蒼神官という名前になる。今の蒼神官は、メノア蒼神官という五十代の女性だった。
ある一室に通されると、そこはさっきの大きな水の施設が見渡せる部屋だった。
大きく取られた窓の際に椅子と机が置かれていて。主島の大神官がすでに先に来ていて、青を基調とした神官服を纏って金冠をした女性と、レイが茶を飲んでいた。
額にサファイアのついた金冠をしている女性が、メノア蒼神官だろう。
「やあ、ネイスクレファ。よく来てくれたね。さあ、座って」
レイが快く迎えてくれて、あたしたち二人は促された席に着く。
メノア蒼神官と主島の大神官、それにルーシャスは、お互いに挨拶をすると手をにぎりあった。
冷たいお茶が配られると、それをみんなで一口飲む。
茶が冷たい、というのも夏島に来て初めてのことだった。
挨拶がおわったところで、レイが口をひらく。
「さて、ネイスクレファもルーシャス白神官も、大神官も、ここに来るまでに、もうあらかた冷房の様子は分かったと思う。ここでは、ネイスクレファが力を籠めた、小さなダイアモンドを動力にして、この冷房が使えている」
その言葉にあたしは驚いた。
数年前、あたしの執務室で実験のときに使ったもの。力を籠めたダイアモンドの首飾りのことだ。
試作に使いたいと言っていたが、まさかこんな大規模な試作だとは思わなかった。
「ああ、あれを使ったのか」
「あとでこの夏神殿の動力を見せるけど、その前にもう一つ見せたいものがある」
コウ博士が窓辺にうつり、手をあげた。
すると、下で待機していた人間が、あの丸い水のたまった施設の脇にある、黒い装置の前にたった。
では、とコウ博士が前置きすると、また手をあげる。
すると、外で噴き上げていた水が、十数本もの水の柱に分かれて、下から噴き上げた。
中央の大きなものと、周りの二基の水の施設から、水の柱がたくさん噴きでている。
ざあざあと音がして、水しぶきが周りに散っているのが分かった。
「これは噴水というものです。この施設の下には、水を通す管が配置されています。そして、水の中にも。これは水道管の施設の応用です。下にある装置で操作することで、様々に水が動く仕組みになっています。ちなみに水源は夏神殿よりも高い位置にある浄水場で、こことの高低差で水は噴き上がっています」
「噴水……」
「はい」
そう言うと、コウ博士はまた下にいる人間に合図を送った。
そこで、なにか操作をしているのだろう。
水は左右でパッと別れたと思うと、交差し、また別れ、交差し。
「水が踊っているみたいじゃな」
「ほんとうに……」
あたしとルーシャス、主島の大神官は感心してそれを見るばかりだ。
「夏島では、ここまで水に関しての技術があります。噴水はその技術を分かってもらう為につくりました。そして、気温を下げる働きもしますので、ここでは無駄なものではありません」
ざあああ、と水が噴き上がる。
理屈抜きに、涼しげで心躍るものでもあった。
噴水を眺めながら、あたしはこのコウ博士とやらの技術に、心底感心した。
これは……本当に冬島や夏島の首都を覆う冷暖房の施設が、出来るかもしれない。
噴水と、夏神殿の冷房は、それを期待させるのに十分な説得力があった。
冬神殿の前庭にある祠の中の扉から、その道は続いている。
あたしはルーシャスを伴って、扉の前にたち、夏島を思い浮かべながら取手を撫でた。
「さあ、いくぞ」
「はい、ネイスさま」
がちゃりと取手を回すと、そこは玻璃のように輝く洞窟になっている。
ルーシャスと一緒に進んで行くと、玻璃は次第に青い透明な石に変わっていき、正面に青い扉が見えた。
そこを開けると。
空気が暖かい。
そして、雨のあとなのだろうか、湿気もあった。
周りには青々とした木々や蜘蛛の巣に、雨のしずくが無数についていた。
夏島、夏神殿前の林の中にある祠に出たのだ。
正面には、大きくそびえる青い屋根の夏神殿がみえる。
「俺、夏島に来るのは初めてです。当たりまえですが暑いですねえ。着替えてくれば良かった」
「正式な服装とはいえ、冬島の神官服では暑いじゃろう。そうか、夏島には初めて来るのか。ならば、あとで街を見て回るのも良いよ」
「夏島の名産ってなんでしょうね……」
「街では、木彫り細工の置物や、搾りたての
そんな会話を交わしながら夏神殿の入口へと向かう。
途中に、大きな水のたまったまるい施設があった。
その中央から高く水が噴き出している。
周りにも同じように丸くて小さなものが二基あって、中央から水が吹き上げていた。
「あれはなんでしょう? 水を出していることになにか意味があるのでしょうか」
「冬島では絶対に考えられない施設じゃな……。前に来た時はこんなものはなかったのに」
あたしたちがそれをあっけに取られて眺めていると、コウ博士が出迎えに来てくれていた。
「ネイスクレファさま、ルーシャス白神官、ようこそ」
そう言って、水の施設に魅入るあたしたちを見て、満足気な顔であたしたちを夏神殿へと案内してくれた。
夏神殿の中へ入ると、そこはとても涼しかった。
夏島とは思えないような、秋島のような涼しさ。
それにあたしが驚いていると、コウ博士が歩きながら解説してくれた。
「あとでくわしく説明しますが、もうこの夏神殿は工事が終わっているんです。そのおかげで涼しくなっています。百聞は一見にしかず。実際に体感してもらった方が、分かりやすいと思いまして、試作を夏神殿でやらせてもらいました。レイファルナスさまとメノア蒼神官にとても協力していただいたんです」
冬島の筆頭神官が白神官というように、夏島では蒼神官という名前になる。今の蒼神官は、メノア蒼神官という五十代の女性だった。
ある一室に通されると、そこはさっきの大きな水の施設が見渡せる部屋だった。
大きく取られた窓の際に椅子と机が置かれていて。主島の大神官がすでに先に来ていて、青を基調とした神官服を纏って金冠をした女性と、レイが茶を飲んでいた。
額にサファイアのついた金冠をしている女性が、メノア蒼神官だろう。
「やあ、ネイスクレファ。よく来てくれたね。さあ、座って」
レイが快く迎えてくれて、あたしたち二人は促された席に着く。
メノア蒼神官と主島の大神官、それにルーシャスは、お互いに挨拶をすると手をにぎりあった。
冷たいお茶が配られると、それをみんなで一口飲む。
茶が冷たい、というのも夏島に来て初めてのことだった。
挨拶がおわったところで、レイが口をひらく。
「さて、ネイスクレファもルーシャス白神官も、大神官も、ここに来るまでに、もうあらかた冷房の様子は分かったと思う。ここでは、ネイスクレファが力を籠めた、小さなダイアモンドを動力にして、この冷房が使えている」
その言葉にあたしは驚いた。
数年前、あたしの執務室で実験のときに使ったもの。力を籠めたダイアモンドの首飾りのことだ。
試作に使いたいと言っていたが、まさかこんな大規模な試作だとは思わなかった。
「ああ、あれを使ったのか」
「あとでこの夏神殿の動力を見せるけど、その前にもう一つ見せたいものがある」
コウ博士が窓辺にうつり、手をあげた。
すると、下で待機していた人間が、あの丸い水のたまった施設の脇にある、黒い装置の前にたった。
では、とコウ博士が前置きすると、また手をあげる。
すると、外で噴き上げていた水が、十数本もの水の柱に分かれて、下から噴き上げた。
中央の大きなものと、周りの二基の水の施設から、水の柱がたくさん噴きでている。
ざあざあと音がして、水しぶきが周りに散っているのが分かった。
「これは噴水というものです。この施設の下には、水を通す管が配置されています。そして、水の中にも。これは水道管の施設の応用です。下にある装置で操作することで、様々に水が動く仕組みになっています。ちなみに水源は夏神殿よりも高い位置にある浄水場で、こことの高低差で水は噴き上がっています」
「噴水……」
「はい」
そう言うと、コウ博士はまた下にいる人間に合図を送った。
そこで、なにか操作をしているのだろう。
水は左右でパッと別れたと思うと、交差し、また別れ、交差し。
「水が踊っているみたいじゃな」
「ほんとうに……」
あたしとルーシャス、主島の大神官は感心してそれを見るばかりだ。
「夏島では、ここまで水に関しての技術があります。噴水はその技術を分かってもらう為につくりました。そして、気温を下げる働きもしますので、ここでは無駄なものではありません」
ざあああ、と水が噴き上がる。
理屈抜きに、涼しげで心躍るものでもあった。
噴水を眺めながら、あたしはこのコウ博士とやらの技術に、心底感心した。
これは……本当に冬島や夏島の首都を覆う冷暖房の施設が、出来るかもしれない。
噴水と、夏神殿の冷房は、それを期待させるのに十分な説得力があった。