創造主へ謁見
文字数 2,495文字
次の日の朝も、ルーシャスはあたしの執務室へやってきて、朝の報告をする。
今日の報告は、報告らしいものはなく、もっぱらあのコウ博士の話になった。
「俺はあまり乗り気ではないですね。便利になるのはいいけど、それに伴う損害の方が大きい気がします」
「損害、とは?」
「維持費などです。定期的に掃除する必要があると言っていたので、それも大変そうです。あの仕組みが分かる専門家がうちにもいないといけなくなりますし、設置工事に莫大なお金もかかります。さらに、その工事に要する時間がとてつもなく長くなるでしょう」
「うむ。そうじゃな……」
朝の報告がおわると、またあたしの執務室に四人で集まって、昨日言っていたあの仕組みの実験をした。
コウ博士が装置にレイの力がこもった小さなサファイアをはめ込むと、その力で隣の筒が熱を持った。湯が沸いているのだろう。しばらくするととなりの羽の付いた装置がまわりだし、温風が噴き出した。
「ほう……」
あたしは感心して声をあげてしまった。
「こういう仕組みになっています。冷房はこの装置にネイスクレファさまの力のこもったダイアモンドをはめ込んで、交換器 を切り替えれば同じようにいく原理です」
「やってみよう」
あたしは自分の胸に下げているダイアモンドのネックレスに力を籠めて、コウ博士に渡した。
コウ博士はそれを装置にはめ込むと、隣の筒は冷たくなり、その隣の装置から冷風が噴き出す。
「なるほど……これの大規模なものを首都に作ろうというわけか」
「はい」
コウ博士は自信のある目であたしたちを見た。
実験が終わると、コウ博士がダイアモンドを装置から外す。
「ネイスクレファさま、このダイアモンドは夏島に持って帰ってもよろしいでしょうか」
「何に使うと言うのじゃ」
「次の試作に使いたいのです。夏島では、やはり冷気が必要ですから」
真摯な願いだったので、きくことにした。
「良いよ」
「ありがとうございます」
コウ博士は嬉しそうにあたしの力のこもったダイアモンドを懐へとしまったのだった。
色々な執務の予定を返上して、あたしたちは数日後、季主の道をつかって主島へ行くことになった。
この宙に浮いた五つの浮島、この世界の創造主に会うためだ。
行くまでの間に、手紙で大神殿にいる大神官に訪問の手続きを取った。
四季の巡る、世界の中央の浮島。
ここにいる創造主リアスに、相談してみるのだ。
なにもかも初めてのことで、どんなことが起こるのか、まったく見当がつかない。
リアスさまならば、何かよい助言をしてくれるだろうか。
そんな期待を込めて、あたしたち四人は後日、季主の道をつかって主島へと向かった。
冬島の前庭のほこらのなかにある扉から出発すると、洞窟のような道を通って主島の大神殿前の林にある祠 の中にある扉へと出る。これは季主がつかう秘密の道で、浮島をつなぐ飛行船をつかわなくても浮島どうしを行き来できる道だ。
「あったかい……」
主島へつくと、ルーシャスはぽつりとつぶやいた。
主島はいま初夏らしい。
気持ちのいいさわやかな風がふいていた。
「冬島とは違うのう」
「ええ、そうですねえ」
極寒の冬の島にいつもいるあたしたちには、緑あふれる初夏の主島は楽園に見える。
大神殿にいる大神官に話を通し、リアスさまに謁見する。
彼のいる聖殿は、いつもどおり色とりどりのステンドグラスがまぶしい、夢のような空間だった。
リアスさまも相変らず元気そうで、長い白髪と白い髭が、絵本に出てくるいかにもな創造主の姿だ。椅子に深く腰掛けてあたしたちをみていた。
コウ博士があたしたちに言ったように、あの装置の説明をして、暖房、冷房の実験をすると、リアスさまは「なるほど」としわがれた声で唸った。
「これを街全体にいきわたらせたいのだそうですが、リアスさまはどう思われますか」
レイが聞くと、リアスさまは少し考えていった。
「いいのではないか」
「いいんですか?!」
驚いて叫んだあたしの声と同時に、レイの声が響いた。
「リアスさま、待ってください」
みんなの視線が彼に集まった。
「私は少し不安です。私たちの力を籠めた貴石の管理や、人間達が冷房や暖房に慣れる環境を持つという事も」
少し戸惑いを含んでいった彼に、リアスさまは頷く。
「レイファルナス、人間を信じてみてはどうじゃ。貴石の管理も空気が変わることも」
「……人間を信じる……」
「もともと人間達が提案してきた案件なのじゃろう。ならば人間達がきちんとするじゃろう。なによりこの世界で季主の力は、動力としていちばん効率がいいのは確かなことじゃ」
リアスさまは長い杖を使い、座っていた椅子から立つと、あたしたちの顔を見回した。
「ただ、この装置には厳密な管理が必要らしい。冷水や温水をつかうのじゃ。水を使う分、いくら浄化した水でも定期的な掃除は絶対に必要じゃろう。でないと、使う人間が病気になってしまうかもしれない。だから、徹底してこの仕組みを管理できる場所――公共施設や商業施設、さらに首都までにしておけばいい。
それに、この施設を首都に作る前に、試作を作って研究せよ。不都合があればそれを直し、出来そうだと思ったら、着工すれば良い」
重々しい声が聖殿に響き渡る。
たしかにそうだ。
試作しないと、なにも進まないだろう。
「レイファルナス、それでいいか?」
「……はい。人間たちを信じる努力をします」
レイが返事をすると、突然、大きな声が響き渡った。
「やったーー!!」
コウ博士の声だった。
拳を天に突き上げて、満面の笑顔だ。
「あ、すみません!」
「なんなのじゃ?」
驚いてあたしが聞けば、コウ博士は頬を上気させて興奮気味にまくしたてた。
「だって、私の研究が認められたんです! それも創造主さまに! この一大計画を始めることができるなんて……夢のようです!」
彼は大きく息を吸い込んで、夢見るように胸に手をあてた。
「きっと百年後のこの世界は、とても豊かになっているでしょうね」
百年後――
そんな未来をみとおして、コウ博士はこの計画を提案していたのか。
人間とはなんとも、夢を見る生きものじゃ。
今日の報告は、報告らしいものはなく、もっぱらあのコウ博士の話になった。
「俺はあまり乗り気ではないですね。便利になるのはいいけど、それに伴う損害の方が大きい気がします」
「損害、とは?」
「維持費などです。定期的に掃除する必要があると言っていたので、それも大変そうです。あの仕組みが分かる専門家がうちにもいないといけなくなりますし、設置工事に莫大なお金もかかります。さらに、その工事に要する時間がとてつもなく長くなるでしょう」
「うむ。そうじゃな……」
朝の報告がおわると、またあたしの執務室に四人で集まって、昨日言っていたあの仕組みの実験をした。
コウ博士が装置にレイの力がこもった小さなサファイアをはめ込むと、その力で隣の筒が熱を持った。湯が沸いているのだろう。しばらくするととなりの羽の付いた装置がまわりだし、温風が噴き出した。
「ほう……」
あたしは感心して声をあげてしまった。
「こういう仕組みになっています。冷房はこの装置にネイスクレファさまの力のこもったダイアモンドをはめ込んで、
「やってみよう」
あたしは自分の胸に下げているダイアモンドのネックレスに力を籠めて、コウ博士に渡した。
コウ博士はそれを装置にはめ込むと、隣の筒は冷たくなり、その隣の装置から冷風が噴き出す。
「なるほど……これの大規模なものを首都に作ろうというわけか」
「はい」
コウ博士は自信のある目であたしたちを見た。
実験が終わると、コウ博士がダイアモンドを装置から外す。
「ネイスクレファさま、このダイアモンドは夏島に持って帰ってもよろしいでしょうか」
「何に使うと言うのじゃ」
「次の試作に使いたいのです。夏島では、やはり冷気が必要ですから」
真摯な願いだったので、きくことにした。
「良いよ」
「ありがとうございます」
コウ博士は嬉しそうにあたしの力のこもったダイアモンドを懐へとしまったのだった。
色々な執務の予定を返上して、あたしたちは数日後、季主の道をつかって主島へ行くことになった。
この宙に浮いた五つの浮島、この世界の創造主に会うためだ。
行くまでの間に、手紙で大神殿にいる大神官に訪問の手続きを取った。
四季の巡る、世界の中央の浮島。
ここにいる創造主リアスに、相談してみるのだ。
なにもかも初めてのことで、どんなことが起こるのか、まったく見当がつかない。
リアスさまならば、何かよい助言をしてくれるだろうか。
そんな期待を込めて、あたしたち四人は後日、季主の道をつかって主島へと向かった。
冬島の前庭のほこらのなかにある扉から出発すると、洞窟のような道を通って主島の大神殿前の林にある
「あったかい……」
主島へつくと、ルーシャスはぽつりとつぶやいた。
主島はいま初夏らしい。
気持ちのいいさわやかな風がふいていた。
「冬島とは違うのう」
「ええ、そうですねえ」
極寒の冬の島にいつもいるあたしたちには、緑あふれる初夏の主島は楽園に見える。
大神殿にいる大神官に話を通し、リアスさまに謁見する。
彼のいる聖殿は、いつもどおり色とりどりのステンドグラスがまぶしい、夢のような空間だった。
リアスさまも相変らず元気そうで、長い白髪と白い髭が、絵本に出てくるいかにもな創造主の姿だ。椅子に深く腰掛けてあたしたちをみていた。
コウ博士があたしたちに言ったように、あの装置の説明をして、暖房、冷房の実験をすると、リアスさまは「なるほど」としわがれた声で唸った。
「これを街全体にいきわたらせたいのだそうですが、リアスさまはどう思われますか」
レイが聞くと、リアスさまは少し考えていった。
「いいのではないか」
「いいんですか?!」
驚いて叫んだあたしの声と同時に、レイの声が響いた。
「リアスさま、待ってください」
みんなの視線が彼に集まった。
「私は少し不安です。私たちの力を籠めた貴石の管理や、人間達が冷房や暖房に慣れる環境を持つという事も」
少し戸惑いを含んでいった彼に、リアスさまは頷く。
「レイファルナス、人間を信じてみてはどうじゃ。貴石の管理も空気が変わることも」
「……人間を信じる……」
「もともと人間達が提案してきた案件なのじゃろう。ならば人間達がきちんとするじゃろう。なによりこの世界で季主の力は、動力としていちばん効率がいいのは確かなことじゃ」
リアスさまは長い杖を使い、座っていた椅子から立つと、あたしたちの顔を見回した。
「ただ、この装置には厳密な管理が必要らしい。冷水や温水をつかうのじゃ。水を使う分、いくら浄化した水でも定期的な掃除は絶対に必要じゃろう。でないと、使う人間が病気になってしまうかもしれない。だから、徹底してこの仕組みを管理できる場所――公共施設や商業施設、さらに首都までにしておけばいい。
それに、この施設を首都に作る前に、試作を作って研究せよ。不都合があればそれを直し、出来そうだと思ったら、着工すれば良い」
重々しい声が聖殿に響き渡る。
たしかにそうだ。
試作しないと、なにも進まないだろう。
「レイファルナス、それでいいか?」
「……はい。人間たちを信じる努力をします」
レイが返事をすると、突然、大きな声が響き渡った。
「やったーー!!」
コウ博士の声だった。
拳を天に突き上げて、満面の笑顔だ。
「あ、すみません!」
「なんなのじゃ?」
驚いてあたしが聞けば、コウ博士は頬を上気させて興奮気味にまくしたてた。
「だって、私の研究が認められたんです! それも創造主さまに! この一大計画を始めることができるなんて……夢のようです!」
彼は大きく息を吸い込んで、夢見るように胸に手をあてた。
「きっと百年後のこの世界は、とても豊かになっているでしょうね」
百年後――
そんな未来をみとおして、コウ博士はこの計画を提案していたのか。
人間とはなんとも、夢を見る生きものじゃ。