暖房施設の着工とフロールの木

文字数 1,743文字

 冬島に帰って来てからは。
 あたしとルーシャスは、暖房に関しての会議を冬神殿の神官たちを交えて何度も開いた。夏島に行っている研究班とも密に連絡をとり、冬神殿内での足固めを行った。

 そして、数年後。夏神殿のように、冬神殿に施設の試作を施すことになった。

「これはそんなに大規模な工事にはなりませんから、あまり心配なさりませんように」

 ある日の朝の報告の時間に、ルーシャスはそう言った。

「そうか。もうすぐこの冬神殿も暖かくなるのだな」
「正直、暖かくなるのは、嬉しいですね。手がかじかまないから、書類を書くのに手間取らなくてすみそうです」

 工事は順調に進み、その数年後には冬神殿内に暖房施設が整った。

 試運転のための点減器(スイッチ)を入れると、室内に設置された熱変換器から暖かい風が送られてくる。

「ほう、これはなかなか気持ちのいいものじゃな。まるで春島の風のようじゃ」
「うまく行ったみたいですね」

 あたしの言葉でルーシャスと研究班の顔ぶれが、ほっと緩んだ。

「これで少し様子を見て、問題がなければ本格的な街の工事の足固めを行います」
「……そうか」

 とんとん拍子で話が決まって行く。
 実際、上にたつものが優秀なのだろう。

 先の白神官、ガリラスの言葉を思い出す。

 『彼はやるときにはやる人物です』

 そう言って彼を白神官に推薦したのだ。
 その言葉はうそではなかった、ということか。

 それから、また数年後、試行錯誤した結果、ルーシャスは首都ゼグダルーナの人々を説得し、施設の名を中央暖房装置として工事の着工を決めた。



 ある日の朝の報告の時間だった。

「ネイスさま」
「ルーシャス、最近はいそがしそうじゃな」
「ええ、まあ、それなりに。それよりも、今がどんな時期か、覚えてます?」

 相変らず不遜な口調だが、もう慣れた。

「工事が大変な時期じゃろう」
「……本気で言ってるんですか? 今はフロールの木が満開になる時期ですよ」
「ああ……、そうか」

 顔をあげて、思い出す。
 最近は忙しくて、そんなことは忘れていた。
 しかし、あたしたちは、忙しくても毎年必ずフロールの木へおもむき花見をしていたのだった。

「行きましょう、ネイスさま。なに、午前中いっぱいで帰ってこられます。執務も問題ないですから」
「そうじゃな、行ってみるか」

 久しぶりの休暇。
 あたしとルーシャスはフロールの木へと向かう。

 フロールの木へつくと、やはりその花の咲き方の見事さに驚く。
 毎年同じように驚くのだ。

 淡く白く、透明に見えて、光を通す花弁は、太陽(フロール)の花と名付けた通りの輝かしい花であり、そして儚い花だ。

「ネイスさま。この花を見るの、好きですよね。じゃあ、こうしましょうか?」

 花を見上げるあたしに、ルーシャスは思いついたように言った。

「この花見は、白神官とネイスさまの公式行事にしましょう」
「は?」

 意味が良く判らなくて聞き返すと、ルーシャスは語った。

「どんなに執務が忙しくても、何があっても、公式行事の一つとしてしまえば、絶対にこの時期の花は見ることができますから。お好きなのでしょう、この花が」
「……ああ」
「ならば、この先も俺と一緒にずっと見ましょう?」

 少し吊り上がった目が、いたずらっぽく細められる。

「そうじゃな。それがいいかもしれない」
「良かった。……俺はしあわせものです」

 感慨深く言った彼の言葉が、何故かとても心に染みた。

「あたしもしあわせじゃよ」

 だからあたしもルーシャスに同じようにこころを伝えた。
 すると、唇に優しくて暖かい感触がふれる。
 人間でいうところのくちづけをされたのだと理解するまで、数秒かかった。
 ゆっくりと唇が離れると、両手であたしの顔をつつみこむ。

「すみません。あなたがとても可愛らしかったもので」
「仕方がないのう……」

 彼は、やはり独身のままで結婚をしなかった。
 それがあたしのため、なのだと思うのはおこがましいかもしれないが。
 きっと、もう手遅れなのかもしれない。

「また、来年も再来年も一緒にみましょうね」
「そうじゃな」

 寒い雪の平原で、もう一度くちづけをすると、美しい花を前に手を握り合う。
 何かの誓いをしているようで、少しこそばゆい。
 今は先のことなどは考えずに。
 フロールの花を見ながら、今の幸せを噛みしめよう。

 
 


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登場人物紹介

ゼス (秋主) 


秋島の季節を守る季主。守り神のような存在。ゼスは愛称でアレイゼスという。

頑健な体つきにおおらかな性格。

ミローズ


小さなころから絵を描くのが好きで、絵描きになった女性。

多くの耳飾りや変わった髪型という奇抜なファッションをしている。


ネイスクレファ(冬主)


冬島の季主。長く生きてきたので、しゃべり方が老婆のよう。


ルーシャス白神官


冬島の筆頭神官。冬島の人間達の長。

三十代という若さで筆頭神官になった、少し変わった男。

ルファ(春主)


春島の季主。

女性体の体を持っているせいか、季主にしては女性的なものの考え方をする。

レイファルナス(夏主)


夏島の季主。人間に肩入れしやすい性格。

男性体の体をもっていて、とても美しい。

コウ・サトー (博士)


夏島出身の天才的研究者。

彼の発案から、この世界のしくみが変わる。

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