夏神殿の冷房実装
文字数 2,517文字
夏神殿の工事が始まり、数週間がたったころ。
コウが倒れた。
いままでも薬で体をだましてやってきた彼だったが、限界を振り切ったのだろう。
寝込んでしまって一週間たっている。
工事の方は、コウによる設計図ができていたので、仲間たちがひきついでやっていた。
この夏神殿の冷房の動力は、ネイスクレファの力が込められた貴石 だ。
数年前に彼女からもらった小指の爪ほどの貴石で、夏神殿の冷房の動力源はまかなえるのだそうだ。
コウはいま入院中だったので、私は彼を見舞った。
私が白い壁の病室へ行くと、彼は個室の窓際の机でなにかを描いていた。
一心不乱に筆記する彼の顔には、陽の光があたっていて、青い顔をこころなしか赤く染めていた。こめかみにはうっすらと汗をかいていて。
「何を描いているの?」
あまりの真剣さに、いったい何を描いているのかが、とても気になった。
私に話しかけられた彼は、私がいることに一瞬だけおどろき、ペンを止めて笑顔を作った。
「レイファルナスさまですか。今書いているこれは、設計図です」
コウの仕事への情熱の強さに、私は切なくなる。
入院中でも、こうして彼は仕事をしていた。なにかに追い立てられるように。
彼は自分の体の状態を、どこまで知っているのだろう。
「まだ、入院中なのにそんなに根を詰める作業をしては、体にさわるよ」
「体……のことは、この設計図を描き終わったら考えます」
コウは相変わらずの力のある笑顔を私に向けた。
その言葉に私はなにも言えなくなる。
彼の近くへ行って、何の設計図を描いているのかと机の上をみた。
首都キリブの地図の上に描かれた、細長い線は。
「これは、キリブの水道配管設計図? 冷房施設のための」
そう、私がいうと、彼はぱっと顔をほころばせた。
「その通りです。これらが書き終われば、僕の仕事はほぼ終わったも同然です」
彼は私から視線を外し、設計図を見る。
「そうしたら、安心できますから」
「……」
設計図があれば、工事自体は部下でもできる。そう思って口にしたのだろう。
「君がいないと、冬島と主島の施設の進行にも影響が出ると思うよ。だから今はしっかり休んで、また仕事に復帰しなきゃね」
私は言葉を選んで、ことさら明るい表情を作った。
「夏神殿の冷房は、冬島と主島のモデルになるんでしょう? 君が指揮しないでどうするんだ」
「……そうですね。まだまだ、くたばるわけにはいきません」
「当たり前だ。不吉なことを言ってないで、たくさん食べて、寝て、早く元気になって」
「はい。実は今はだいぶ調子がいいんです。きっともう、明日にでも退院できますよ」
そう言ってコウは腕をぶんぶんとふって、体を動かした。
「元気ならばなによりだ。それなら、今日はもう寝てしまうといい。仕事は明日からだ」
「そうですね。明日から仕事ができれば、僕も嬉しいです」
コウは机から立ち上がり、ベッドの方へと移る。
そして、体を横たえると、くぐもった咳を何度かした。
退院したコウは、夏神殿で仕事に邁進した。
休養を取ったからか、彼の覇気が以前よりもとても強くなっていた。
みんなを導いていく彼の表情は輝いていて、とても病魔におかされているとは思えない。
あのとき感じた直感は、私の勘違いだったらいいのに。
そう思った。
夏神殿の裏に、大きな機械ができあがった。
それは、この夏神殿を駆け巡る冷房の、動力だった。
神殿内の配管工事は、もうすでに終わっている。
あとは、冷水を作り出す機材に、貴石をはめ込み稼働させればいいらしい。
私はコウにその装置の中を見せてもらったが、複雑な機材のしくみは、説明されなければよく分らなかった。貴石をはめ込み、点減器 をつけると、隣の筒に入っている水が貴石 の力で冷たくなる。その水が夏神殿を駆け巡り、各要所で『熱変換装置』によって冷風を作りだす。
冬神殿で実験したときの小さな装置を、大きくしたようなもの。
コウはそう言うけれど、やはり規模が大きくて私は感心するばかりだ。
「今日はこれを、レイファルナスさまの前で稼働してみせます」
コウとその仲間は、冷房の動力の前に私をまねいた。
コウが、私の目の前で点減器 を押すと、貴石が光る。
「レイファルナスさま。隣の筒を触ってみてください」
コウに言われて、私は言われたとおりにする。
すると、この暑い夏島にあるにも関わらず、筒はひんやりと冷たくなっていた。
「冷水になっているのか」
「はい!」
コウは、とても嬉しそうに私に応えると、嬉々として私の手を引いた。
「こちらに来てください」
装置の隣にある扉から、夏神殿へと入る。
大きな仕事部屋になっている部屋に取りつけた装置から、冷風が噴き出していた。
「涼しい……。秋島のような涼しさだ」
ぽつりと、口から本音が出た。
暑すぎず、涼しすぎず。冷えすぎることのないような、涼風だった。
「他の部屋でも、部屋ごとの装置を稼働させる点減器 を入れれば、冷房は入れられます。夏神殿では、冷房装置の導入に成功したと思います」
仕事部屋で仕事をしていた神官たちには、もう話をとおしてあったのだろう。
コウがそう言うと、大きな拍手がわきあがった。
みんなが満面の笑顔でコウを見て、拍手をする。
それに押されて、私もコウをねぎらった。
「コウ、よくやった。 成功おめでとう」
コウは、この場のみんなから祝福の拍手を贈られ、満足した笑みで私に応えた。
「ありがとうございます、レイファルナスさま。これからつくる首都キリブの冷房も、かならずお見せいたします!」
「ああ、期待している。君ならば、きっと出来るだろう」
覇気のあるおおきな声。
その声につられて、私はコウに右手を差し伸べた。
コウは私の手を取って、堅く握手をする。
「はい! かならず!」
私とコウのやり取りをみていた、周りの神官とコウの仲間たちから、わあっと歓声があがった。
あるものは手を上にあげて強く拍手をし、あるものは口笛をふいた。
周りの感激のせいか泣き出す者がいたり、逆に笑うものがいたり。
その場は、お祭りのように賑わって、コウの功績の喜び、感激をわかちあって、夏神殿内の冷房完成を喜び合ったのだ。
コウが倒れた。
いままでも薬で体をだましてやってきた彼だったが、限界を振り切ったのだろう。
寝込んでしまって一週間たっている。
工事の方は、コウによる設計図ができていたので、仲間たちがひきついでやっていた。
この夏神殿の冷房の動力は、ネイスクレファの力が込められた
数年前に彼女からもらった小指の爪ほどの貴石で、夏神殿の冷房の動力源はまかなえるのだそうだ。
コウはいま入院中だったので、私は彼を見舞った。
私が白い壁の病室へ行くと、彼は個室の窓際の机でなにかを描いていた。
一心不乱に筆記する彼の顔には、陽の光があたっていて、青い顔をこころなしか赤く染めていた。こめかみにはうっすらと汗をかいていて。
「何を描いているの?」
あまりの真剣さに、いったい何を描いているのかが、とても気になった。
私に話しかけられた彼は、私がいることに一瞬だけおどろき、ペンを止めて笑顔を作った。
「レイファルナスさまですか。今書いているこれは、設計図です」
コウの仕事への情熱の強さに、私は切なくなる。
入院中でも、こうして彼は仕事をしていた。なにかに追い立てられるように。
彼は自分の体の状態を、どこまで知っているのだろう。
「まだ、入院中なのにそんなに根を詰める作業をしては、体にさわるよ」
「体……のことは、この設計図を描き終わったら考えます」
コウは相変わらずの力のある笑顔を私に向けた。
その言葉に私はなにも言えなくなる。
彼の近くへ行って、何の設計図を描いているのかと机の上をみた。
首都キリブの地図の上に描かれた、細長い線は。
「これは、キリブの水道配管設計図? 冷房施設のための」
そう、私がいうと、彼はぱっと顔をほころばせた。
「その通りです。これらが書き終われば、僕の仕事はほぼ終わったも同然です」
彼は私から視線を外し、設計図を見る。
「そうしたら、安心できますから」
「……」
設計図があれば、工事自体は部下でもできる。そう思って口にしたのだろう。
「君がいないと、冬島と主島の施設の進行にも影響が出ると思うよ。だから今はしっかり休んで、また仕事に復帰しなきゃね」
私は言葉を選んで、ことさら明るい表情を作った。
「夏神殿の冷房は、冬島と主島のモデルになるんでしょう? 君が指揮しないでどうするんだ」
「……そうですね。まだまだ、くたばるわけにはいきません」
「当たり前だ。不吉なことを言ってないで、たくさん食べて、寝て、早く元気になって」
「はい。実は今はだいぶ調子がいいんです。きっともう、明日にでも退院できますよ」
そう言ってコウは腕をぶんぶんとふって、体を動かした。
「元気ならばなによりだ。それなら、今日はもう寝てしまうといい。仕事は明日からだ」
「そうですね。明日から仕事ができれば、僕も嬉しいです」
コウは机から立ち上がり、ベッドの方へと移る。
そして、体を横たえると、くぐもった咳を何度かした。
退院したコウは、夏神殿で仕事に邁進した。
休養を取ったからか、彼の覇気が以前よりもとても強くなっていた。
みんなを導いていく彼の表情は輝いていて、とても病魔におかされているとは思えない。
あのとき感じた直感は、私の勘違いだったらいいのに。
そう思った。
夏神殿の裏に、大きな機械ができあがった。
それは、この夏神殿を駆け巡る冷房の、動力だった。
神殿内の配管工事は、もうすでに終わっている。
あとは、冷水を作り出す機材に、貴石をはめ込み稼働させればいいらしい。
私はコウにその装置の中を見せてもらったが、複雑な機材のしくみは、説明されなければよく分らなかった。貴石をはめ込み、
冬神殿で実験したときの小さな装置を、大きくしたようなもの。
コウはそう言うけれど、やはり規模が大きくて私は感心するばかりだ。
「今日はこれを、レイファルナスさまの前で稼働してみせます」
コウとその仲間は、冷房の動力の前に私をまねいた。
コウが、私の目の前で
「レイファルナスさま。隣の筒を触ってみてください」
コウに言われて、私は言われたとおりにする。
すると、この暑い夏島にあるにも関わらず、筒はひんやりと冷たくなっていた。
「冷水になっているのか」
「はい!」
コウは、とても嬉しそうに私に応えると、嬉々として私の手を引いた。
「こちらに来てください」
装置の隣にある扉から、夏神殿へと入る。
大きな仕事部屋になっている部屋に取りつけた装置から、冷風が噴き出していた。
「涼しい……。秋島のような涼しさだ」
ぽつりと、口から本音が出た。
暑すぎず、涼しすぎず。冷えすぎることのないような、涼風だった。
「他の部屋でも、部屋ごとの装置を稼働させる
仕事部屋で仕事をしていた神官たちには、もう話をとおしてあったのだろう。
コウがそう言うと、大きな拍手がわきあがった。
みんなが満面の笑顔でコウを見て、拍手をする。
それに押されて、私もコウをねぎらった。
「コウ、よくやった。 成功おめでとう」
コウは、この場のみんなから祝福の拍手を贈られ、満足した笑みで私に応えた。
「ありがとうございます、レイファルナスさま。これからつくる首都キリブの冷房も、かならずお見せいたします!」
「ああ、期待している。君ならば、きっと出来るだろう」
覇気のあるおおきな声。
その声につられて、私はコウに右手を差し伸べた。
コウは私の手を取って、堅く握手をする。
「はい! かならず!」
私とコウのやり取りをみていた、周りの神官とコウの仲間たちから、わあっと歓声があがった。
あるものは手を上にあげて強く拍手をし、あるものは口笛をふいた。
周りの感激のせいか泣き出す者がいたり、逆に笑うものがいたり。
その場は、お祭りのように賑わって、コウの功績の喜び、感激をわかちあって、夏神殿内の冷房完成を喜び合ったのだ。