ジャムのあく抜きをする
文字数 2,153文字
テルナージェ先生は困った表情で、母親の行動をみていた。
「すみません、母は少し物忘れの気があって。妙なことを言うかもしれませんが、気を悪くしないでくださいね。わざとじゃないんです。でも、ジャム作りの腕はいいんですよ。サカの実のジャムのレシピは母がつくったから」
「そうなのね、分かったわ。じゃあ、おばあちゃんのいうことをよく聞くわ」
「そうだな、ルファさまのいうとおりだ」
キリールもうなずく。
「そうだね、俺もわかった」
ジェイもそう言うと、ジェイを見てメリルもにこりと笑った。
イリーナ、という名前は、きっとこのおばあちゃんにとって、とても特別な人の名前なのだろう。だから、大事な孫娘の名前をそう呼ぶのだろうか。疑問がわくが、物忘れのやまいならば、そのことを深く聞くのもはばかられる。
おばあちゃんは無言で大きいボウルの中のサカの実を一つとりだし、小さなヘタを竹串 でとっていく。
それを見て、テルナージェ先生が説明した。
「はじめはサカの実のヘタを取ります。小さいヘタなので竹串でまわりをくるっと回すようにすれば簡単にとれますよ。取れたら、水を張ったボウルに入れてください」
そう言われ、テルナージェ先生は用意した竹串を、みんなに一本ずつ渡していった。
おばあちゃんのやり方を見ていると、とても簡単にヘタがとれていくのが分かる。
わたくしもおばあちゃんにならってやってみるけれど、上手くいかずにサカの実に竹串がささった。
「ルファちゃん、そうじゃないよ、こうだよ」
とつぜん、正面にいたおばあちゃんに話しかけられて、わたくしの周りが凍りついた。
「る、ルファちゃんって……」
ジェイが面白そうに口元をにやにやと緩める。
笑う寸前で、父親のキリールに肘で小突かれた。
一番驚いたのは、テルナージェ先生だ。
「す、すみません! ルファさま!」
青い顔色を真っ赤にして、しきりにわたくしに頭を下げる。
「いいのよ、テルナージェ先生。わたくしは何も気にしてないし、むしろ新鮮だわ。このジャム造りの間は、おばあちゃんにはそう呼んでもらうことにします」
物忘れをするおばあちゃん、ということは、もうすでにわたくしが季主であることも忘れてしまったのだろう。わたくしの外見年齢は、二十代ほどに見えるだろうから、おばあちゃんからすれば、「ちゃん」づけで呼びたくなったのかもしれない。
「すみません、すみません」
「本当にいいのよ。テルナージェ先生、ジャム作りを進めましょう。わたくし、この日をとても楽しみにしていたのだから」
「は、……はい」
正面を向くと、メリルがにこりとわたくしに微笑みかけた。
だから、わたくしもまた、にこりと笑みをかえした。それは、おばあちゃんのしたことを咎めなかったわたくしに対しての、感謝に思えた。
小さな子なのに、そんな仕草をするのだな。
そのとき、この大人びた少女の笑顔を見て、わたくしは少し胸を突かれた。
「おばあちゃん、こうやればいいの?」
わたくしは、おばあちゃんのするとおりにまねてヘタを取ってみる。
「ええ、ええ。そうだよ。うまく出来たじゃないか」
「ありがとう、おばあちゃん。おかげでコツがつかめてきたような気がするわ」
相変らずジェイは苦笑いをしていた。
メリルとキリールはヘタを取る作業に夢中になっている。
テルナージェ先生は、きまり悪い表情をしたけれど、苦笑いを浮かべて、この件を流すことにしたようだった。
「イリーナもうまく出来てるね」
「うん」
メリルはイリーナと呼ばれても、怒ることもなく、平静に対応している。
以前にもこうして、名前を呼び間違われたことがあるのだろう。
なんにせよ、メリルは十歳程に見えても、大人なところがある。
そうこうしているうちに、すべてのサカの実のヘタが取れた。
それを、水につけてあく抜きをする。
「では、あくを抜いている間に、瓶に貼る張り紙をかいてしまいましょう」
テルナージェ先生がそう言って、今度は色ペンの束と色付きの厚紙をみんなに配った。
「色々な色を使って書いてみましょう。『サカの実ジャム・春神殿製造』って感じで」
厨房にあく抜きをしているサカの実をのこし、わたくしたちは食堂へと移った。
そこで、みんなで紙にテルナージェ先生の行った言葉を書いていく。
ジェイはささっと文字を書いて、何かわけの分からない動物の絵をそえて、メリルに見せている。
「どう? 強そうだろ」
「なんでジャムの瓶に貼るのに、肉食獣が描いてあるの?」
「……」
「……」
メリルの至極まっとうな質問に答えられないジェイは、無言になった。
それを受けてメリルも無言になる。
わたくしはその光景をみながら、こみあげてくる笑いを押し殺すのに、大変な思いをしてしまった。ここで声に出して季主に笑われてしまったら、ジェイが傷つくかもしれない、と思ったから必死で我慢をする。
「肉食獣だって、サカのジャムは好きなんだよ」
少し口をとがらせて言ったジェイに、メリルは、にこりと笑った。自分のおばあちゃんと母親が考案したジャムを、そう言ってくれたから嬉しかったのだろう。
「そうなんだ。なら、いっぱい売れるかもしれないね」
天使のような笑顔に、ジェイは赤くなる。
微笑ましくて、わたくしはまた笑ってしまいそうになった。
「すみません、母は少し物忘れの気があって。妙なことを言うかもしれませんが、気を悪くしないでくださいね。わざとじゃないんです。でも、ジャム作りの腕はいいんですよ。サカの実のジャムのレシピは母がつくったから」
「そうなのね、分かったわ。じゃあ、おばあちゃんのいうことをよく聞くわ」
「そうだな、ルファさまのいうとおりだ」
キリールもうなずく。
「そうだね、俺もわかった」
ジェイもそう言うと、ジェイを見てメリルもにこりと笑った。
イリーナ、という名前は、きっとこのおばあちゃんにとって、とても特別な人の名前なのだろう。だから、大事な孫娘の名前をそう呼ぶのだろうか。疑問がわくが、物忘れのやまいならば、そのことを深く聞くのもはばかられる。
おばあちゃんは無言で大きいボウルの中のサカの実を一つとりだし、小さなヘタを
それを見て、テルナージェ先生が説明した。
「はじめはサカの実のヘタを取ります。小さいヘタなので竹串でまわりをくるっと回すようにすれば簡単にとれますよ。取れたら、水を張ったボウルに入れてください」
そう言われ、テルナージェ先生は用意した竹串を、みんなに一本ずつ渡していった。
おばあちゃんのやり方を見ていると、とても簡単にヘタがとれていくのが分かる。
わたくしもおばあちゃんにならってやってみるけれど、上手くいかずにサカの実に竹串がささった。
「ルファちゃん、そうじゃないよ、こうだよ」
とつぜん、正面にいたおばあちゃんに話しかけられて、わたくしの周りが凍りついた。
「る、ルファちゃんって……」
ジェイが面白そうに口元をにやにやと緩める。
笑う寸前で、父親のキリールに肘で小突かれた。
一番驚いたのは、テルナージェ先生だ。
「す、すみません! ルファさま!」
青い顔色を真っ赤にして、しきりにわたくしに頭を下げる。
「いいのよ、テルナージェ先生。わたくしは何も気にしてないし、むしろ新鮮だわ。このジャム造りの間は、おばあちゃんにはそう呼んでもらうことにします」
物忘れをするおばあちゃん、ということは、もうすでにわたくしが季主であることも忘れてしまったのだろう。わたくしの外見年齢は、二十代ほどに見えるだろうから、おばあちゃんからすれば、「ちゃん」づけで呼びたくなったのかもしれない。
「すみません、すみません」
「本当にいいのよ。テルナージェ先生、ジャム作りを進めましょう。わたくし、この日をとても楽しみにしていたのだから」
「は、……はい」
正面を向くと、メリルがにこりとわたくしに微笑みかけた。
だから、わたくしもまた、にこりと笑みをかえした。それは、おばあちゃんのしたことを咎めなかったわたくしに対しての、感謝に思えた。
小さな子なのに、そんな仕草をするのだな。
そのとき、この大人びた少女の笑顔を見て、わたくしは少し胸を突かれた。
「おばあちゃん、こうやればいいの?」
わたくしは、おばあちゃんのするとおりにまねてヘタを取ってみる。
「ええ、ええ。そうだよ。うまく出来たじゃないか」
「ありがとう、おばあちゃん。おかげでコツがつかめてきたような気がするわ」
相変らずジェイは苦笑いをしていた。
メリルとキリールはヘタを取る作業に夢中になっている。
テルナージェ先生は、きまり悪い表情をしたけれど、苦笑いを浮かべて、この件を流すことにしたようだった。
「イリーナもうまく出来てるね」
「うん」
メリルはイリーナと呼ばれても、怒ることもなく、平静に対応している。
以前にもこうして、名前を呼び間違われたことがあるのだろう。
なんにせよ、メリルは十歳程に見えても、大人なところがある。
そうこうしているうちに、すべてのサカの実のヘタが取れた。
それを、水につけてあく抜きをする。
「では、あくを抜いている間に、瓶に貼る張り紙をかいてしまいましょう」
テルナージェ先生がそう言って、今度は色ペンの束と色付きの厚紙をみんなに配った。
「色々な色を使って書いてみましょう。『サカの実ジャム・春神殿製造』って感じで」
厨房にあく抜きをしているサカの実をのこし、わたくしたちは食堂へと移った。
そこで、みんなで紙にテルナージェ先生の行った言葉を書いていく。
ジェイはささっと文字を書いて、何かわけの分からない動物の絵をそえて、メリルに見せている。
「どう? 強そうだろ」
「なんでジャムの瓶に貼るのに、肉食獣が描いてあるの?」
「……」
「……」
メリルの至極まっとうな質問に答えられないジェイは、無言になった。
それを受けてメリルも無言になる。
わたくしはその光景をみながら、こみあげてくる笑いを押し殺すのに、大変な思いをしてしまった。ここで声に出して季主に笑われてしまったら、ジェイが傷つくかもしれない、と思ったから必死で我慢をする。
「肉食獣だって、サカのジャムは好きなんだよ」
少し口をとがらせて言ったジェイに、メリルは、にこりと笑った。自分のおばあちゃんと母親が考案したジャムを、そう言ってくれたから嬉しかったのだろう。
「そうなんだ。なら、いっぱい売れるかもしれないね」
天使のような笑顔に、ジェイは赤くなる。
微笑ましくて、わたくしはまた笑ってしまいそうになった。