噴水
文字数 2,535文字
夏神殿の前庭に、三基の噴水ができた。
コウが設計して急いで作らせたものだ。
実際、ここまで水を引けないと、それを冷水にして夏神殿にめぐらすという冷房装置をつくることができない。
水は低いところから高いところへは流れない。
けれど、この夏神殿は海辺からみると小高い丘の上にある。水道管は神殿の下からのぼってきているので、どうやって水がここまで流れているのか、と思う。
今日は、この出来あがった噴水を、コウが詳しく説明してくれる日なのだ。
時間があったので、私は早く噴水の前に来てコウをまっていた。
暫くすると、コウが私をみとめて走ってこちらへと来る。
手にはやはり大きな書類をもっていた。
「レイファルナスさま! お待たせしてしまって申し訳ありません!」
「走る必要はないよ。時間よりも早いのだから、急がなくてもいい」
急ぐ彼を落ち着かせようと、私はことさらゆっくりと声をだした。
「はい、レイファルナスさま。……みてください。噴水、完成しましたよ」
コウはキラキラした目で高く水が噴き出す中央の大きな噴水を見上げる。
中央の噴水は、三段に分かれて水が落ちるようになっていて、その周りを十数本の水の柱が吹き上げていた。
そのわきの小さな噴水二基は、丸く輪になって十数本の水が細くあがっている。
この小さな噴水の方は、普段は一本の水が高く上がっている。
操作によって水の吹き出し方が変わるのだ。
ここに来るだけで、水の音と空気のおかげか、涼しく感じられた。
実際、噴水とは気温を下げる効果もあるものなのだ。
「立派なものが出来上がったね」
「ええ。でも、ここからが正念場です。この水を使って夏神殿に冷房装置をつくらなくては」
コウは私をみて、笑う。
最近、コウの病状は少し落ち着いているみたいだ。
彼は、あれから医者に診てもらい、治療をうけつつ仕事をしていた。
薬がよく効いているのだろうが、この計画の責任者という大きな義務を負っているコウは、当然ながら仕事は激務で、目が回るほどいそがしい。それが、彼の体には負担になっているであろうに、愚痴一つこぼさないで計画に邁進していた。
この夏島で最高の医療を受けさせているけれど……ここ数年で彼はとても痩せたと思う。
そして、残り時間を駆け抜けるように、コウはよく走っていた。
そう、今も走って私のもとへときたように。
「もう、夏神殿の配管設計図も出来ているんです。あとは、夏神殿の工事ですね」
「ああ、民の迷惑にならないようにやってくれれば、あとは好きにやってくれてかまわない」
夏神殿は夏島の民も来る場所だ。政 を司 っている夏神殿には、各種の手続きなどに民がやってくる。神官はそれを処理する仕事だ。
「ねえ、少し質問していいかな」
「はい」
コウは歯切れよく応えた。
「夏神殿は丘の上にあるのに、水道管は丘の下からきているよね。それでどうして水があがってくるの?」
彼は、病身のとても細くなった手で、手の中の資料を指さして私をみた。
「それも含めて、今日はお話したいと思っていたんです。この水は、上にかけあがって行く仕組みになっているんです」
にこりと笑うと、おもむろに私の前で資料を広げた。
「この図をよくみて下さい、レイファルナスさま。水源になっている浄水場の標高は、夏神殿の位置よりも高いんです。同時に首都キリブよりもずっと高い位置にあります」
コウは地図を片手に、浄水場を指でさした。
ちなみに浄水場は、キリブの上流から流れて海にそそぐ、大きな川が水源だ。
「水というのは、高い位置から低い位置へ流れますが、水源から低い位置に水の出口がある場合は、高さがあっても水は上にのぼっていき、吹き出します。この原理を応用して、夏神殿に水をひいています。ちなみに首都キリブの街は夏神殿よりも低い位置にあるので、夏神殿よりも水道は引きやすいと思います」
「なるほど。昔からある原理だけれど、ずいぶん大がかりなものを考え付いたね。大がかりすぎて気が付かなかった」
私は地図をみながら苦笑してしまった。
「水の動きは自然の力を使います。そのおかげで、永久的に止まることがない水の道ができます」
コウは出来たばかりの噴水のわきにたち、そこにある装置を少しいじった。
「水は水道管の中をながれていきます。キリブでは水道管は地下につくり、随所で泉のように水を出して、最終的には海にながれていきます。浄化した水ですから、川の水よりも安全です。それと同時に、冷房装置に使う水道管もめぐらせて、貴石の力で冷風をつくります」
コウが装置を動かしたので、ぱあっと噴水の水が踊り始めた。
「そして、交換機 を動かせば、水の向きも変えられる。そんな装置の試作のようなものが、この噴水です」
ざあっと音をたてながら踊る水の柱を見ながら、私は感嘆の溜息をついた。
「水に関する原理を最大限に活かした噴水……水道なのです」
コウは自信満々の顔でにこりと私に笑いかける。
その、みんなを納得させる笑顔に、感心する。
彼の顔は確信をもって輝いていた。
絶対に成功するという自信にあふれている。
これまでの実験で失敗だってたくさんあっただろう。だからか、彼にはこの計画の先が見通せているのだろう。
コウの仲間が、彼について来ている理由がとてもよく分る笑顔だった。
私も彼を頼もしく思ったからだ。
そう、病身でありながら、そして彼の手がとても細くても、彼は頼もしく見えた。
【ちょっと一息・作者から】
図の水の原理を『逆サイフォンの原理』といいます。
日本には、本当にこの『逆サイフォンの原理』を利用した噴水と水路があります。
兼六園の噴水と、金沢城の『辰巳用水』です。
作中の水道設備はこれをモデルにしていて、冷暖房システムは東京都内で使われていた(今はどうかわかりません)、『セントラルヒーティング』(都市をまるごと温めたり冷やしたりする)がモデルです。
(ちなみに、昔の王様で、噴水をたくさん作って自国の水や水道に関する知識を他国に知らしめた、という人もいます。どこの国の王様かは忘れましたが(^-^;)
兼六園の噴水と、辰巳用水は検索すればすぐに出てきますので、興味があったら調べてみると面白いかもしれません。
コウが設計して急いで作らせたものだ。
実際、ここまで水を引けないと、それを冷水にして夏神殿にめぐらすという冷房装置をつくることができない。
水は低いところから高いところへは流れない。
けれど、この夏神殿は海辺からみると小高い丘の上にある。水道管は神殿の下からのぼってきているので、どうやって水がここまで流れているのか、と思う。
今日は、この出来あがった噴水を、コウが詳しく説明してくれる日なのだ。
時間があったので、私は早く噴水の前に来てコウをまっていた。
暫くすると、コウが私をみとめて走ってこちらへと来る。
手にはやはり大きな書類をもっていた。
「レイファルナスさま! お待たせしてしまって申し訳ありません!」
「走る必要はないよ。時間よりも早いのだから、急がなくてもいい」
急ぐ彼を落ち着かせようと、私はことさらゆっくりと声をだした。
「はい、レイファルナスさま。……みてください。噴水、完成しましたよ」
コウはキラキラした目で高く水が噴き出す中央の大きな噴水を見上げる。
中央の噴水は、三段に分かれて水が落ちるようになっていて、その周りを十数本の水の柱が吹き上げていた。
そのわきの小さな噴水二基は、丸く輪になって十数本の水が細くあがっている。
この小さな噴水の方は、普段は一本の水が高く上がっている。
操作によって水の吹き出し方が変わるのだ。
ここに来るだけで、水の音と空気のおかげか、涼しく感じられた。
実際、噴水とは気温を下げる効果もあるものなのだ。
「立派なものが出来上がったね」
「ええ。でも、ここからが正念場です。この水を使って夏神殿に冷房装置をつくらなくては」
コウは私をみて、笑う。
最近、コウの病状は少し落ち着いているみたいだ。
彼は、あれから医者に診てもらい、治療をうけつつ仕事をしていた。
薬がよく効いているのだろうが、この計画の責任者という大きな義務を負っているコウは、当然ながら仕事は激務で、目が回るほどいそがしい。それが、彼の体には負担になっているであろうに、愚痴一つこぼさないで計画に邁進していた。
この夏島で最高の医療を受けさせているけれど……ここ数年で彼はとても痩せたと思う。
そして、残り時間を駆け抜けるように、コウはよく走っていた。
そう、今も走って私のもとへときたように。
「もう、夏神殿の配管設計図も出来ているんです。あとは、夏神殿の工事ですね」
「ああ、民の迷惑にならないようにやってくれれば、あとは好きにやってくれてかまわない」
夏神殿は夏島の民も来る場所だ。
「ねえ、少し質問していいかな」
「はい」
コウは歯切れよく応えた。
「夏神殿は丘の上にあるのに、水道管は丘の下からきているよね。それでどうして水があがってくるの?」
彼は、病身のとても細くなった手で、手の中の資料を指さして私をみた。
「それも含めて、今日はお話したいと思っていたんです。この水は、上にかけあがって行く仕組みになっているんです」
にこりと笑うと、おもむろに私の前で資料を広げた。
「この図をよくみて下さい、レイファルナスさま。水源になっている浄水場の標高は、夏神殿の位置よりも高いんです。同時に首都キリブよりもずっと高い位置にあります」
コウは地図を片手に、浄水場を指でさした。
ちなみに浄水場は、キリブの上流から流れて海にそそぐ、大きな川が水源だ。
「水というのは、高い位置から低い位置へ流れますが、水源から低い位置に水の出口がある場合は、高さがあっても水は上にのぼっていき、吹き出します。この原理を応用して、夏神殿に水をひいています。ちなみに首都キリブの街は夏神殿よりも低い位置にあるので、夏神殿よりも水道は引きやすいと思います」
「なるほど。昔からある原理だけれど、ずいぶん大がかりなものを考え付いたね。大がかりすぎて気が付かなかった」
私は地図をみながら苦笑してしまった。
「水の動きは自然の力を使います。そのおかげで、永久的に止まることがない水の道ができます」
コウは出来たばかりの噴水のわきにたち、そこにある装置を少しいじった。
「水は水道管の中をながれていきます。キリブでは水道管は地下につくり、随所で泉のように水を出して、最終的には海にながれていきます。浄化した水ですから、川の水よりも安全です。それと同時に、冷房装置に使う水道管もめぐらせて、貴石の力で冷風をつくります」
コウが装置を動かしたので、ぱあっと噴水の水が踊り始めた。
「そして、
ざあっと音をたてながら踊る水の柱を見ながら、私は感嘆の溜息をついた。
「水に関する原理を最大限に活かした噴水……水道なのです」
コウは自信満々の顔でにこりと私に笑いかける。
その、みんなを納得させる笑顔に、感心する。
彼の顔は確信をもって輝いていた。
絶対に成功するという自信にあふれている。
これまでの実験で失敗だってたくさんあっただろう。だからか、彼にはこの計画の先が見通せているのだろう。
コウの仲間が、彼について来ている理由がとてもよく分る笑顔だった。
私も彼を頼もしく思ったからだ。
そう、病身でありながら、そして彼の手がとても細くても、彼は頼もしく見えた。
【ちょっと一息・作者から】
図の水の原理を『逆サイフォンの原理』といいます。
日本には、本当にこの『逆サイフォンの原理』を利用した噴水と水路があります。
兼六園の噴水と、金沢城の『辰巳用水』です。
作中の水道設備はこれをモデルにしていて、冷暖房システムは東京都内で使われていた(今はどうかわかりません)、『セントラルヒーティング』(都市をまるごと温めたり冷やしたりする)がモデルです。
(ちなみに、昔の王様で、噴水をたくさん作って自国の水や水道に関する知識を他国に知らしめた、という人もいます。どこの国の王様かは忘れましたが(^-^;)
兼六園の噴水と、辰巳用水は検索すればすぐに出てきますので、興味があったら調べてみると面白いかもしれません。