新しい白神官の就任
文字数 1,818文字
それは、数百年も昔の話になる。
雪が舞い散る、いつものように寒い日だった。
冬神殿の執務室で書類の整理をしている最中に、扉をたたく音がした。
「ネイスクレファさま。入ってもいいでしょうか」
その声に顔をあげる。この声はガリラス白神官のものだ。
「よいよ」
軽く返事をかえすと、ガチャリと両開きに扉は開いた。
そこから白を基調とした神官服の、頭上にダイアモンドが金鎖でさがった金冠をかぶったガリラス白神官が入ってきた。
そして、その後ろに控えるように立っている、まだ若い神官も。
その神官の、少しだけ吊り目がちな青緑色の目がなんだか不遜な感じがした。
「なんじゃ? その若い神官は」
ガリラス白神官があたしの執務室に、別の神官をつれてくることはまれだった。
なぜなら、必要がないからだ。
ガリラス白神官から冬島の情報を聞き、人間達の様子を把握する。その為の朝の時間に他の神官は無用だった。
「ネイスクレファさま。実は、お話があるのです」
「ほう。話とは?」
「わたくしも歳にかなわず、執務が難しくなってきました。ですので、新しい白神官を推薦しました」
「その若いのがつぎの白神官というわけか」
「はい」
そこまで言ったとき、若い神官は眉を寄せてあたしに困りげな顔をむけた。
「ルーシャス・バートラムといいます、よろしくお願い致します、ネイスクレファさま。しかし、若いの、と言っても俺はもうすぐ三十になりますよ」
そのセリフにあたしはふっと笑う。
「三十などまだまだひよっこじゃ」
「言ってくれますねえ」
小さく言うと、ルーシャスは一歩下がった。ガリラス白神官に腕を引かれたからだ。ガリラス白神官は焦った顔で、あたしに頭を下げる。
「申し訳ありません、ネイスクレファさま。実力はあるのですが、少し礼儀がなっていなくて。引継ぎの期間に十分教育しておきます」
あたしはひさしぶりに、おかしくて声をたてて笑ってしまった。
はじめから目付きが不遜だと思っていたが、やはり態度も不遜だった。人というのは第一印象が外れないものだ。ことさら目というものは、人のこころの鏡だ。
「よいよい。そうか、ルーシャスというのだな。この冬島をよろしく頼む」
そう言って手を差し出すと、ルーシャスは少し驚いた顔をしてあたしの手を取った。
人間は親愛の情をあらわすのに、握手をする。それをやって見せただけなのだけど。
「うけたまわりました、ネイスクレファさま。お任せ下さい。それにしても、噂通りに美しくて、そして気さくなかたなのですね。少し驚きました。季主さまと直接お話したのは、初めてだったので」
「こら! ルーシャス!」
ガリラス白神官が額に青筋をたてた。
「いいじゃないですか、ネイスクレファさまが良いとおしゃってくださったのだから」
「不敬だろう!」
ガリラス白神官の怒鳴り声で、少し反省したのか、それからルーシャスは口をつぐんだ。
その二人のやりとりがとても面白くて、あたしはまた声をたてて笑った。
「そうじゃ、よいよい。ああ、久しぶりに笑ったのう」
滲む涙をぬぐって笑いをおさめる。
ガリラス白神官はごほんと一つ咳払いをすると、改めてあたしを見た。
「ネイスクレファさま、白神官の戴冠式では、ルーシャスの頭に、この金冠をかぶせてやってください」
金鎖でつながれたダイアモンドが額で揺れる金冠、それは白神官の印である。
「承知した。そのときにはこの金冠を今度はルーシャスに授けよう」
「ありがとうございます」
ルーシャスも深く頭を下げたのだった。
はたして、引継ぎの一年という時間など、あたしにはすぐに過ぎてしまう。
初めてルーシャスに出会ったときからおよそ一年後に戴冠式は行われた。
彼の性格から、この冬島の筆頭神官になるのは少し心配な気もしたが、ガリラスが認めて推薦した者だ。それ相応の実力はあるのだろう。
「彼はやるときにはやる人物です」
とガリラスからお墨付きをもらった人物だ。
式典は氷の城のような冬神殿の中で、首都ゼグダルーナの人々を集めておこなわれた。
外ではちらちらと花のような雪が降っていて。
冬神殿の窓からそれらが輝いて見えた。
ガリラス白神官が金冠を外し、それをあたしが受け取って、ルーシャスの頭に載せる。
額でゆれるダイアモンドがきらりと光る。
ルーシャスの銀色の髪に金色の金冠は、とてもよく映えた。
彼はこうして正式にルーシャス白神官となり、この冬島の筆頭神官になった。
雪が舞い散る、いつものように寒い日だった。
冬神殿の執務室で書類の整理をしている最中に、扉をたたく音がした。
「ネイスクレファさま。入ってもいいでしょうか」
その声に顔をあげる。この声はガリラス白神官のものだ。
「よいよ」
軽く返事をかえすと、ガチャリと両開きに扉は開いた。
そこから白を基調とした神官服の、頭上にダイアモンドが金鎖でさがった金冠をかぶったガリラス白神官が入ってきた。
そして、その後ろに控えるように立っている、まだ若い神官も。
その神官の、少しだけ吊り目がちな青緑色の目がなんだか不遜な感じがした。
「なんじゃ? その若い神官は」
ガリラス白神官があたしの執務室に、別の神官をつれてくることはまれだった。
なぜなら、必要がないからだ。
ガリラス白神官から冬島の情報を聞き、人間達の様子を把握する。その為の朝の時間に他の神官は無用だった。
「ネイスクレファさま。実は、お話があるのです」
「ほう。話とは?」
「わたくしも歳にかなわず、執務が難しくなってきました。ですので、新しい白神官を推薦しました」
「その若いのがつぎの白神官というわけか」
「はい」
そこまで言ったとき、若い神官は眉を寄せてあたしに困りげな顔をむけた。
「ルーシャス・バートラムといいます、よろしくお願い致します、ネイスクレファさま。しかし、若いの、と言っても俺はもうすぐ三十になりますよ」
そのセリフにあたしはふっと笑う。
「三十などまだまだひよっこじゃ」
「言ってくれますねえ」
小さく言うと、ルーシャスは一歩下がった。ガリラス白神官に腕を引かれたからだ。ガリラス白神官は焦った顔で、あたしに頭を下げる。
「申し訳ありません、ネイスクレファさま。実力はあるのですが、少し礼儀がなっていなくて。引継ぎの期間に十分教育しておきます」
あたしはひさしぶりに、おかしくて声をたてて笑ってしまった。
はじめから目付きが不遜だと思っていたが、やはり態度も不遜だった。人というのは第一印象が外れないものだ。ことさら目というものは、人のこころの鏡だ。
「よいよい。そうか、ルーシャスというのだな。この冬島をよろしく頼む」
そう言って手を差し出すと、ルーシャスは少し驚いた顔をしてあたしの手を取った。
人間は親愛の情をあらわすのに、握手をする。それをやって見せただけなのだけど。
「うけたまわりました、ネイスクレファさま。お任せ下さい。それにしても、噂通りに美しくて、そして気さくなかたなのですね。少し驚きました。季主さまと直接お話したのは、初めてだったので」
「こら! ルーシャス!」
ガリラス白神官が額に青筋をたてた。
「いいじゃないですか、ネイスクレファさまが良いとおしゃってくださったのだから」
「不敬だろう!」
ガリラス白神官の怒鳴り声で、少し反省したのか、それからルーシャスは口をつぐんだ。
その二人のやりとりがとても面白くて、あたしはまた声をたてて笑った。
「そうじゃ、よいよい。ああ、久しぶりに笑ったのう」
滲む涙をぬぐって笑いをおさめる。
ガリラス白神官はごほんと一つ咳払いをすると、改めてあたしを見た。
「ネイスクレファさま、白神官の戴冠式では、ルーシャスの頭に、この金冠をかぶせてやってください」
金鎖でつながれたダイアモンドが額で揺れる金冠、それは白神官の印である。
「承知した。そのときにはこの金冠を今度はルーシャスに授けよう」
「ありがとうございます」
ルーシャスも深く頭を下げたのだった。
はたして、引継ぎの一年という時間など、あたしにはすぐに過ぎてしまう。
初めてルーシャスに出会ったときからおよそ一年後に戴冠式は行われた。
彼の性格から、この冬島の筆頭神官になるのは少し心配な気もしたが、ガリラスが認めて推薦した者だ。それ相応の実力はあるのだろう。
「彼はやるときにはやる人物です」
とガリラスからお墨付きをもらった人物だ。
式典は氷の城のような冬神殿の中で、首都ゼグダルーナの人々を集めておこなわれた。
外ではちらちらと花のような雪が降っていて。
冬神殿の窓からそれらが輝いて見えた。
ガリラス白神官が金冠を外し、それをあたしが受け取って、ルーシャスの頭に載せる。
額でゆれるダイアモンドがきらりと光る。
ルーシャスの銀色の髪に金色の金冠は、とてもよく映えた。
彼はこうして正式にルーシャス白神官となり、この冬島の筆頭神官になった。