21

文字数 2,427文字

 冷めたお茶を飲み終わった頃。
 サファイアの気持ちが落ち着いた頃を見計らったかのようにアミルがもう一つの質問を投げてきた。
「もう一個、確認したいんだけど、大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
 頷いた彼女を見上げながら、最初の質問よりも気まずそうな顔になったアミルが落ち着きなく視線を彷徨わせながら言う。
「親が言ったとか事情だとか全部置いといて、サファイアさんの素直な気持ちとして、この森で七年暮らせると思う? サファイアさんの方こそかなり無理してないか? 本音として、俺がいない方が暮らしやすいんじゃないか?」
 えっと思いながらアミルの方を見たサファイアは、すごく困った表情の横顔を見つけた。さっき言っていた「本当は言う気が無かった」という言葉はきっとこの質問にもかかっているんだろうと分かるくらい、言い辛いことを言ってしまった後のような顔をしている。
 もしかしてこの人はずっとそれを気にしていたんだろうか?
 自分の家に今日突然押しかけられた側なのに、しばらく一緒に住ませてくれと言ってきた方を心配するなんて。
 思わず言葉を失い凝視してしまったサファイアをどう思ったのか、アミルが困った顔のままで付け足してくる。
「いや、さ。サファイアさんは年頃の女の子なわけだし、結婚が嫌で逃げてきた先でもよく知らない同い年の男と一緒に生活するんじゃ、結局安心して暮らせねーんじゃないかと思って。むしろそれなら俺の方が色々説得なり配慮なりして回る必要があるなと」
 言葉を選びながら説明してくれる様子を見ていたら、胸の中にあった小さいわだかまりが解けた気がした。
 きっとアミルが言っている通り、この先何年かこの森で暮らす事自体にどこかで不安は感じていたのだろう。クリアが一緒にいてくれるとはいえ二人きりではなく、今日知り合ったばかりの同じ歳の男の子と一緒だと知って、何も思わないほどサファイアだって度胸があるわけじゃなく、考えないようにしていただけで気にはなっていたのだとわだかまりが解けたからこそわかる。
 よく知らない男の子と一緒に暮らせなんて言われたら、誰だってそうだろう。
「アミルさん」
「うん」
 呼びかけたら神妙な顔になってこちらの言葉を待ってくれる様子に、ふわっと胸が暖かくなった。
「アミルさんは優しいですね」
 じっと横顔を見ながら思ったことを正直に口にしたら一瞬ぎょっとしたような顔でこちらを見たアミルが、慌てたみたいにぐるっと体を回転させて背中を向けてしまった。いきなりの動きでサファイアの方もびっくりして、動揺してその背中を見て、なんとなくセバスの方を見上げたら青年は微笑んでくる。
 セバスの位置からはアミルの顔が見えているはずで。
 青年の表情から心配するような必要はないのだと理解したけれど、背中しか見えないと不安が残る。
「あの、すいません。私の言い方が悪かったなら謝ります」
「……別にサファイアさんは何もしてないから。これは俺の問題だから大丈夫。気にしないで」
「そうですか」
「ただ、男にそんな顔でそういう事を安易に言うのは……あんまよくないかと」
 かなり小さい声だったけれど、互いの声以外にほとんど音がない静かな夜だったから最後まで聞こえてしまった。自分がどんな顔をしていたのかはわからないし、男性に言ってはいけない理由もわからなかったけれど、彼が敢えてそう言うからにはそれだけの理由があるのだろう。
 王女をしている自分が、普通よりも疎かったり無知だったりという可能性があることは理解している。時々エメラルドにも指摘されるし、一番身近な男性であるクリアは男性だけどその手の感覚は極端に鈍いから参考にならないらしい。
 怒ってしまったんだろうか。或いは、呆れて?
「ごめんなさい……」
「違う、だから俺の問題なんだけど、あー、なんて言えば良いんだこれ」
 謝ったら慌てたように早口で否定してくるけれど、明らかに動揺していることが伝わってくる。そうやって困らせている事自体が申し訳ないと思う。
 互いに言葉に困っている中で唐突にセバスが言葉を挟んできた。
「他の男性に対して誤解される事を心配しているのですから、アミルだけならば問題ないのではないですか?」
「誤解?」
「はい。男性の多くは女性からそのような態度を見せられると、自分が好かれているという誤解を発生させると聞き及んでおりますが」
 気になった単語に、ことっと首を傾げて疑問を呈したサファイアにセバスが説明をしてくれる。
 その淡々とした説明によって、やっと彼女はアミルが動揺していた理由を理解した。
 そして安易にそういう言動を見せるなと言った言葉の意味も。何も含んでない態度から想定していない相手の好意を引き出してしまうことの危険さを指摘してくれていたのだ。でも、彼自身も男性ということではっきりとした指摘がし辛かったのだろう。
「あぁ、そういうことだったんですね」
「……そーいうことです。ただ、俺だけなら問題ないっつーのもちょっと違うだろ。俺だって誤解するときはするしさ……」
 納得して何度も頷くサファイアに、背中を向けたままのアミルが肯定してから、セバスを見上げて苦情を述べている。
 恨みすら篭ってそうなその声にもセバスは何処吹く風で平然としたものだ。
 サファイアとしては、セバスの提案は全く違和感がなかったから責められているような様子が見ていられない。だからアミルに向かって声をかけた。
「大丈夫ですよ、アミルさん。私もわかりましたし」
「なら、いいけど」
 やっと顔だけちらっとこちらを見たアミルに彼女はセバスのさっきの言葉を自分なりに補足した。
「他の男性に誤解されるのは確かに困るので気をつけますが、アミルさんだけなら誤解じゃないのでセバスちゃんの言う通り大丈夫だと思います」
 サファイアとしてはこれでちゃんと説明したと思ったのだけれど、聞いたアミルの方は遠目でも分かるくらい真っ赤になってまた背中を向けてしまった。
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