文字数 1,558文字

 銀の髪の男はエメラルドとクリアの「上司のようなもの」らしい。
 紹介してくれた母の方は上司と言いつつ敬うわけでもなく接していたけれど、クリアの方は明らかに一線引いた様子だったので本当にそうなのだろうなとサファイアは理解した。他国の王族にすら慇懃無礼にする以外で丁寧に接している母を見たことがないのだから母の態度では判断が難しいが、クリアはそういうところではいつもしっかりしている。。
 男の方はどちらの態度にも興味を持ったり気分を害する様子もなく、どちらかといえばエメラルドから紹介されたサファイアを見て初めて動揺のようなものを見せた。
 昔から母を知っている人が、目の色以外はそっくりな容姿を持つサファイアに驚くのは珍しいことじゃない。母娘とはいえ外見がそっくりというのは珍しいと彼女も知っている。
 それ自体は仕方ないなと前々から思っているので気にせず、母の紹介を受けて王族式の上位の存在に対する丁寧なお辞儀をした。二人にとっての上司ということは、サファイアにとっては明らかにもっと目上の存在なのだから簡素な挨拶で済ますわけにもいかない。
 顔を上げた彼女をしばらく無言で男(次元の狭間と呼ばれる真っ白なこの場所にちなみ、次元の狭間の主と呼ばれているらしい)は見ていたけれど、視線はそのままでぼそっと呟く。
「この子は本当にエメラルドの娘か?」
「ちょっとどういう意味かしら? こんな可愛い子、私の娘以外ありえないでしょうに」
 男の言葉を受けてサファイアの隣にいるエメラルドが怒った風の声を上げた。が、母がこんな声を出すときはまず怒ってないので気にならない。
 上司をしているという男もそれは分かっているらしく、冷静な様子で言い返した。
「いや外見的なことを言いたいのではなく」
「へぇぇ? それこそどういうことかしらぁ?」
 強い嵐で起こった風が外を吹き抜ける音みたいな迫力に変化した声に思わずちらりと横を見れば、にっこりと微笑んだ母が腕組みをして次元の狭間の主を見ている。が、向き合っているサファイアと次元の狭間の主の間あたりに立っているクリアは男の言葉に頷いた。
「そういう意味なら、師匠とサフは似ていませんよ。師匠からあらゆる毒を抜いた感じです」
「く〜〜り〜〜あぁぁ?」
 さらに低く、大きな地の揺れが建物を揺らす時のような声に、説明をしていたクリアがぷいっとあらぬ方へ視線を流した。時々彼はそうやって敢えて言う必要がなさそうな発言をしては母に怒られているけれど、これも普段の光景なので特に気にならない。サファイアからすれば普段から母にあれこれ迷惑をかけられていることへの軽い意趣返しなのだろうと思っている。二人にとっては戯れあいのようなものだ。
 でもこの調子だと話がどんどんおかしくなっていくので放置もできない。
「えっと、私は貴方様をどのようにお呼びすればよろしいですか?」
 母とクリアの上司ということで丁寧に問いかければ、ちょっと居心地悪そうな様子で相手は頭を横に振った。
「好きに呼ぶといい。それから敬語も不要だ。そなたに敬語を使われると……少し居心地が悪い」
「でもそういう訳には」
「私はそなたの上司でもなんでもない立場だ。母のように打ち解けよとまでは申さぬが、せめてクリアに接する程度には普通に接すればいい」
「はい。その、努力しま……する、ね?」
 例え自分がそうしたいのだとしても、相手が嫌がる態度をとり続けるのは嫌がらせのようなもの。クリアに対するようにという具体的な指定も受けたのでどうにか方向を修正しつつ顔を窺ってみれば、ずっと何の感情の見えなかった無表情からほんの少しだけ柔らかくなったその人が頷いてくれる。
 良かった、と安堵したサファイアには、顔を逸らし口元を押さえて肩を震わせている母の姿は運良く見えなかった。
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