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 サファイアの腕を掴んで支えてくれていたクリアだが、彼女が体幹を取り戻したのを確認したらその手を離して崩れ落ちるように座り込んでしまった。二人の前にはもちろんエメラルドが立っている。
 三人がいる場所はさっきまでの街の隅から、見たこともない白い世界に移り変わっていた。
 この世にこんな奇妙な場所があったのかと恐々周囲を見回すサファイアの隣で、うずくまったままのクリアがぶつぶつと喋っている。
「転移術もそうだけど。次元の狭間って。どういうことですか師匠」
 どうやらクリアはこの場所に心当たりがあるらしい。
 きっと彼に何らかの返事をするんだろうと思いサファイアが視線を向けた先、顔を上げない弟子を面白そうに見下ろしてエメラルドは笑っている。それは娘のサファイアにはあまり見せることがない、悪戯っぽくにまにまとした揶揄う時のものだ。声もなく笑いながら腕を組んで、娘の視線に気づいた後はわざとらしくため息をついた後にクリアへ声をかけている。
「貴方、全部説明しないとわからないほどお馬鹿さんだったかしら?」
「わかってますけど認めたくないだけですよ」
「いやねぇ。そんなのお互い様じゃないの」
 ねぇ? と可愛らしい仕草で首を傾げたエメラルドをぎょっとした顔でクリアが見上げた。
 会話にはついていけないのでじっと見守っているサファイアの前で、二人はしばらく黙って見つめあった。全く顔色を変えないエメラルドと違い、クリアの方は心なしか青褪めている。
「……いつ、から?」
「さぁね?」
「えぇぇぇぇ」
 ふふっと笑って返したエメラルドに、今度こそ打ちのめされたみたいにクリアががっくりと肩を落とし白い地面に両手をついてうなだれてしまった。そのあまりに可哀想な様子に思わず声をかけようとしたサファイアは、クリアの後ろに、さっきまでいなかった人の姿を見つけてびくっと動きを止める。
 長い銀の髪。明るい緑の目。
 感情の読めない硬い表情。
 若いようなそうでもないような、年齢のわからない外見をして落ち着いた雰囲気をした背の高い男が立っている。
 その男に対し、サファイアと同じ時点で気づいたエメラルドが親しげに声をかけた。
「緊急事態につきお邪魔してるわよ」
「それは構わぬが、今の話は私も説明が欲しいところだな」
 男が口を開いて出てきたのは低く優しい声だけど、顔にも声にもとにかく感情がなくて見ている方が少し寂しい。
 感情が全く読めない顔で男はクリアとエメラルドを交互に見て、そしてエメラルドの方に視線を止めた。
「わかっていてずっと側に置いていたのか」
「それはちょっと違うわよ。今日まで何も確定はしてなかったんだから」
 こころなしか咎めるような響きのある相手の発言に対し、何も臆することなく(この母が誰かに臆しているところは一度も見たことがないけれど)エメラルドがひょいっと肩を竦める。そのまましばらく見つめ合う二人の足元、クリアは全く顔を上げない。
 張り詰めた空気が続いてサファイアが落ち着かなくなってきた頃、銀の髪の男の方が疲れたように息を吐いた。
「まったく。そなたらしい」
「そんな私を選んだのは貴方でしょ」
 勝ち誇ったように言い切ったエメラルドに、男は表情含め何も反応を返さなかった。
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