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文字数 1,793文字

 サファイア達が客間のような部屋に通された時にはもう、その部屋でセバスがお茶を用意して待っていた。
 玄関のみならず廊下もずっと本がぎっしり詰まった本棚が並んでいたけれど、部屋の中も同じような状態である。それでも客間のようなと思ったのは、他の場所と違ってほんの少しだけ本棚の置かれ方が控えめで、空いた場所に絵画や置物が置かれていたからだ。中央には低い机と、それを囲むように置かれている椅子もあって、机の上に湯気の立つお茶の入った椀が並んでいた。
 先に部屋の奥に行くとセバスの立っている前に置かれている椅子に座ったアミルが、手の動きだけで三人を招く。
 遠慮なく中に入るエメラルドについていくようにサファイアとクリアも中に進むと空いている椅子に腰掛けた。
「で、用件は?」
 前置きなく話し始めたアミルに、サファイアは思わず母を見る。クリアも同じくエメラルドを見た。
 全員の視線が集まったエメラルドは気にする様子もなく椀に手を伸ばして一口飲むと、はぁ〜っと息を吐く。
「さすが、美味しいわぁ」
「ありがとうございます」
 幸せそうに感想を言うエメラルドにセバスが表情を変えずに礼を言う。話を向けたのに本題に入らない母の態度にアミルがちょっと不機嫌そうになったように見えたけれど、結局何も言わなかった。もしかしてセバスが褒められたからなのかなぁと玄関の様子からサファイアは思う。
 ここに来てほんの少ししか経ってないけれど、アミルがセバスを大切にしてるのはその言動で明らかだ。
 セバスに身の回りの世話をしてもらってるという話だったけれど、城でよく見る主従とは全く別の関係性が彼らにはあるように見える。配下や従者を道具のように思い扱う人間も見てきた彼女にとっては、微笑ましくも共感出来るものだ。
「しばらくここに住まわせて貰いたいのよ」
 エメラルドも前置きなく本題に入る。
 次元の狭間の話もあったし、ここにきた時からもしかしてと分かっていたものの、目の前でそう話をされることでやっと実感が湧いた。でも、今日会ったばかりの相手からいきなり一緒に住ませてなんて言われて、いくらこの屋敷が大きいと言っても即断で了承出来るような話じゃないだろうことはサファイアですらわかる。
 アミルもそれを聞いた瞬間に呆れた顔になった。
「初対面の相手に頼むことか?」
 極めて真っ当なその質問をエメラルドが想定していないわけがない。
 サファイアとクリアが二人の会話を見守る中、エメラルドは口の端を上げて挑戦的にアミルを見ている。色の濃い緑の目がキラキラと輝いていた。エメラルドの性格をよく知る人間にとってその表情は勝利宣言にも近い。
「単なる初対面ならそうでしょうけどね」
 腕を組み片手を口元に置いてエメラルドが一層笑みを強くした。
「私が誰で、貴方が何で、この子が何かを分かってても、それが疑問かしら?」
 この子、と言いつつ母の視線が自分を見たのでサファイアは小さく首を傾げる。しかもエメラルドの言葉に引っ張られるようにアミルの視線も向けられているのを感じて、恥ずかしいというか居心地が悪い気持ちになった。恐る恐るアミルの方も見たら、赤紫の目が一瞬見開いてすぐに逸らされる。
 逸らされたことで逆に気になって彼の顔を見ていたら、アミルはものすごく不本意そうな様子で深いため息を吐いた。
 額に手を置き、何か悩ましそうな様子で頭を振っている。
「わかった。質問を変える」
「頭の良い子は大好きよ?」
「俺はアンタみたいな面倒なのはあんま好きじゃねーよ」
 間髪入れずに返ってきた憎まれ口も、エメラルドは嬉しそうな顔だ。実際言葉だけでなく母はアミルのことはかなり気に入っているんだろうなぁというのがサファイアの見解だった。
 良くも悪くもエメラルドは頭の良い人との会話を好む傾向がある。ここに来てから要領を得ない言い方ばかりをしているエメラルドの発言についてきているアミルの様子は、如何にもエメラルドに好かれそうなもの。母とここまでの会話を出来る人をクリアと父以外で初めて見た。
 当のアミルは嬉しくなさそうだが。
 クリアは良く「師匠の愛情表現は基本的に迷惑なんですよ」と言っているが、クリアのように関係が出来上がってない状態でそれを向けられればアミルのようになるのも仕方がないのだろう。
 行き過ぎるようなら止めようと思いつつサファイアはお茶に手を伸ばした。
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