13

文字数 2,260文字

 次にアミルが出した質問は「アンタ達は何処の誰だ?」という、ある意味質問としては一番最初に出てこないとおかしい位に当然の内容だった。そういえばまだ名前しか名乗っていないのだから、こちらの用件の内容を考えれば確認は避けられない内容に違いない。
 しかしそれに対しどこまでを話すのかはサファイアには判断がつかないので、ずっと話の手綱を握っているエメラルドが説明を一手に引き受ける事になる。
「私は皇国の今の王の妃。遠いけど皇国は分かるわよね? だからこの子は現役の王女ってことになるわね。クリアは一応私たちに仕えてる形だけど、実際にはサファイアの兄みたいなものよ。もう十年くらい一緒にいるわね」
 さらっと説明してしまったエメラルドの言葉にアミルが三人を見る。正しくはエメラルドとクリアを凝視した。
「二人揃って皇国に所属してると?」
「と言ってもずっと互いに開示してなかったんだけどね」
「今はしてんだろ? もう問題なんじゃねーか? いや、だから此処にきた……は、ないな。それじゃ一緒だ。別にサファイアさんだけ置かせろって話じゃねーんだろ?」
「えぇ。お世話になりたいのは私以外の二人よ」
 エメラルドの言葉にアミルは何故かセバスの方を振り返った。何か言う様子はないけれどじっと緑の髪のその人を眺め、セバスの方も何かを言うことはないままじっとアミルの視線を受け止めている。そのまましばらく黙って視線を合わせていたけれど、沈黙の後で前を向いたアミルは肩をすくめた。
「どうせその分だと俺が断っても何か用意してんだろ」
 じとっとした視線で疑わしげに呟くアミルに、エメラルドが空になった椀に自分でお代わりを入れながら頷いた。
「そりゃもう。だって考えうる限り此処以上にいい条件なんか無いんだもの」
「王女様だろが。城にいるのが一番安全なんじゃねーの?」
 詳細など話してもいないのに話の主題はサファイアを前提として進んでいる。椅子に深く背中を預けるように座り直しながらきいてくるアミルがどうして己の安全などと言及してくるのか、彼女自身にはわからない。
 けれどエメラルドの方には通じているようで母は一口お茶を飲んだ後で腹立たしそうに早口で言い切った。 
「私とクリアの保護下にいる限りならね。残念ながら望んでもない縁談を前にすればあんなとこ世界で一番危険な場所にしかならないのよ」
「縁談!? は? だってまだそんな歳じゃ」
「貴方と生まれ年は一緒よ。でも皇国の王女の縁談話としては早すぎるわけじゃ無い。問題は相手。こっちが嫌だっつってんのに意にも介さず政治的に脅しをかけてでも強引に話を進めようとしたり、話が決まっても無いのに先に既成事実を作ろうとしたりしてくる男よ?」
 予想していなかったらしくここにきて一番驚いた顔になったアミルに対し、ここまでの上機嫌さから一転して不快さを丸出しにしたエメラルドが苦々しい表情で毒づいた。その発言から、どうやら自分が聞かされていないだけで母は相手のしてきたことをもう少し詳しく知っているらしいと気づく。
 どうりで少しおかしかったのだ。
 単なる結婚の申し込みだけならば、エメラルドが最初からああも激しく嫌悪感を出すとは思えないし、政治的な圧力だけで即座に逃げ出すというのも母の性格や知性から考えて拙速が過ぎる。恐らく逃げたあの時点でもう他に方法が無い程の状況になっていたのだろう。
 普段のエメラルドらしく無い行動の全ては、エメラルドだからこその極めて合理的な決断により実行されたに違いない。
 自分の知らないところでそんな話が進んでいたことに今更ながら背筋がぞわっと寒くなった。
 無意識に右手で左腕をさすっていたら、視線を感じた。
「私は王妃である前にエメラルド=リリアで、この子の母親だもの。我が子の未来の絶望を前に何もしない程に諦めは悪くないの。その為なら何だって誰だって使うし国の一つや二つぶっ潰すわよ」
 ぶつぶつと毒づき続ける母と話していたはずのアミルの視線だ。
 今の話を聞いて何か感じたという風ではなく何か気になることがあるような表情をしてこちらを見ていた。どうしたんだろうとまっすぐに見つめ返すと、ふいっと逸らされる。何となく、理由はわからないけれどアミルから視線を逸らされることは寂しい気がした。
「事情はわかった。けど、それだと、普通に此処で住むって感じじゃねーな?」
 サファイアから視線を外したアミルがエメラルドに尋ねている。
 その言葉に毒づくのをやめ、エメラルドがにこっと微笑んだ。切り替えの早さは主にエメラルドの性格によるものだが、そろそろアミルも驚かなくなってきたようだ。
「えぇ。正しくは匿って貰う形ね。だって近いうち捜索され始めて追っ手もかかるだろうから」
「だからこの森が一番っつー話……期限は? まさか無期限とか言わねーだろ」
「ほんの七年程?」
 小首を傾げて期間を告げたエメラルドに対し、アミルが硬直する。
 仕方ないだろう。サファイアだって最初にその期間を聞いた時、長いと思ったのだ。同じ歳であるアミルが同じように思うのも当然だし、期間を理由に嫌がられてもおかしくない。
「王族として除籍される為に必要な失踪期間が最低で七年なのよ」
「あ、あー、そういう事か」
 エメラルドの補足に硬直の解けたアミルががっくりと肩を落とし納得する。
「面倒臭い話だな」
「本当ね。でも、方法が存在してるだけ皇国はまだマシなのよ」
「うわぁ……」
 断言したエメラルドに今度こそアミルは呆れたような声を出し頬杖をついて遠い目をした。
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