文字数 1,179文字

 皇国の宝石姫。
 特に最近になってサファイアを指すようになった呼び名である。
 彼女の姉妹である王女の中には他にも宝石の名を持つ妹がいるけれど、宝石姫と呼ばれる場合に指しているのは第三王位継承者の王女サファイア=マリア=ソーラレイスのことだった。別にサファイア自身が希望したわけではないその呼び方は、彼女が年頃になってくるとあっという間に広まっていた。
 その名が宝石である、というのはこの際単なるこじつけだろう。
 原因の大部分はサファイアが母によく似た容姿を持っているからだ。目の色以外はほぼ瓜二つと言っても良い。その母親の方は近隣諸国どころか海を越えた国にまで知れ渡るほどの美しい容姿を持った王妃となれば、見た目と宝石をかけているのだろうことは自惚れでなくサファイア自身も理解していることだった。
 己の外見のことはそれなりに冷静に捉えているつもりだ。
 丁寧に形を整えなくとも良い程に程よい癖がある綺麗な金糸の髪は腰まで柔らかく伸びている。あまり外出の機会がないこともあって日焼けの少ない肌には、王女としての生活が長いために肌荒れなどない。小さな顔に細部まで整った造作は、サファイアを見た者たちの多くに「人間とは思えないほどに綺麗だ」とまで言わせる。そんな言葉を聞く度、彼女が複雑な気持ちになっているのを知るのは母ともう一人くらいだろう。
 彼女としては、自分の容姿をそこまで評価しているわけではない。
 ただ、母のことは欲目無しに美しいとは思っているので、瓜二つと言われるからには己の容姿を卑下するのはおかしいとは考えていた。
 個人的な感想としては見た目など王女として見苦しすぎない程度にあればそれで良いとすら思うし、賛辞に対してはいつも喜びより複雑な困惑が勝る。
 美醜は理解できても己自身の見た目となるとあまり興味が湧かなくて、ただ母のことは大好きだったからこそ己の見た目に対し極端な謙遜をする気も無かった。こと自分の気持ちだけならまだ良いが、そっくりな見た目である以上サファイアの度を超えた謙遜は母をも否定することになる。それは嫌だ。
 いつだって誰に憚ることもなく好きに振る舞う母と異なり言動に控え目な部分が多いサファイアだが、芯の強さは母譲り。
 こうと決めたものに対しては決して譲らず、誰に対しても媚び諂わない。
 複数いる王妃たちにことごとく嫌われている母の流れを受けてサファイア自身も異母兄弟たる王子王女含め父以外の親族から好かれてはいなかったけれど、そこで少々の孤独感を感じても自分を曲げないし媚びもしない程度には彼女も母のように意志が強かった。
 生まれてからずっと王女として城の後宮で暮らし、あまり外の世界は知らない。
 王女として生まれたからにはこの先もあまり変わらない生活をしていくのだろうと覚悟はしていた。
 そんな日々の矢先、変化は突然に訪れる。
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