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文字数 2,522文字

 しばらく考えた様子を見せた後で、屋敷の持ち主である彼は深く長い息を吐いた。諦めたような顔をして、言葉を待っている訪問者三名の方を見る。そして仕方ないといった様子を隠すことなく見せながら話し始めた。
「そういう話なら、わかった。この屋敷を使って良い」
「あら案外あっさり許すのね」
「話を聞く限り、此処以上に適してる場所なんかどこにもねーだろ。別に俺だって自分の今までの生活を通してまでサファイアさんがそいつと結婚した方がいいなんて言えない訳だし」
 何か探るような目線を送るエメラルドに対し、視線を合わせないようにしているのか顔は向けずにアミルは答える。
 彼にとっては他人事なのだからそう言ったって構わないことなのに、それは言えないと考えてくれるのだから優しい人なんだろうなと思う。母に向ける態度はちょっと乱暴とも思えるくらいに遠慮がないのに、そういう所もあまり不快に思わなかった。
 今までサファイアの周りには同じ年頃の男子なんて異母兄弟や従兄弟くらいしかいなかったけれど、アミルはその彼らと全く違う感じがする。
 ただ、その後に続いたアミルの言葉はあまりに予想外だった。
「まぁ七年くらいなら俺も適当にどっかに行って住むし」
「は?」
 エメラルドもそうだったのだろう。珍しく驚愕した様子を見せた後で、椅子から身を乗りださんばかりの勢いでアミルの方に上体を傾け話しかける。
「ねぇ貴方。まさかよもや、この子たちに七年屋敷を明け渡して、自分はどっか行くつもり?」
 信じられないといった様子のエメラルドとサファイアも同じような気持ちだった。
 ただクリアの方は少し予想済みだったのか、驚く母娘とは逆に同情的な顔でアミルを見ているように見える。
「そりゃそうだろ。望んでねー縁談から逃げて長く隠れるのに、同じ歳の男がずっと一緒に住んでどうすんだよ。そんなん暮らすったってサファイアさんもゆっくり暮らせないじゃねーか。それに自分で言うのも変だけど間違いがあったらどうすんだ。あんただって母親なら心配だろが」
(あぁ、そっかそういう……)
 言われてみればアミルの指摘は真っ当である。
 むしろ彼自身が周りにどう見られるかを理解した上での結論で、サファイアのみならず母親であるエメラルドの心情まで推し量った上での提案とあっては、初対面の自分たちに対して本当にどこまで気を使ってくれているのだろうかと申し訳なくすら感じる。
 けれどエメラルドの方は呆れた顔でアミルを睨めつけた。
「何言ってんの? 別に私はこの子が自分でそう望むなら貴方が相手だろうが心配しやしないわよ」
「いやだってサファイアさんは」
「それとも貴方、自分は抵抗できない女を喜んで抱く趣味があるとでも告白する気?」
「んなもんあるかっ!!」
 さっと頬を染めて反論するアミルに、なんとなくサファイアの方も顔が赤くなってしまった。母がアミルを自分とそんな関係になる可能性がある相手であると考えているらしいのもそうだけれど、それ以上に自分自身でもその可能性がある事を考えられない程に対象外としてないことに気づいてしまったから。
 ダイダルジニアの王子とでは考えるのも嫌なのに。
 今日会ったばかりの相手とそんな可能性を考えるなんて、行きすぎた思考のような気がして恥ずかしい。これじゃまるでちょっと優しくされたらすぐその気になる自意識過剰な子みたいだ。自分にそんな面があったなんて今まで知らなかったから、どうしていいかわからなくて戸惑ってしまう。
「ならいいじゃないの。一緒に暮らしたって貴方が手を出さないなら、危険なんかないでしょ」
「そういう問題じゃねーだろ……俺の方がどうこうじゃなくて」
「この子がしたことに責任とれって言う程過保護じゃないわよ。それにサファイアは生まれた時から城で暮らしてるのよ? 同じ建物の中に他人がいる程度で何も出来なくなる訳ないでしょ」
 ねぇ、と話を振られて反射的に頷いた。
 確かに母の言う通り、ずっと城の後宮で暮らしていたサファイアにとって大きな建物のどこか別の部屋で他の誰かが暮らしてること自体、どうということはない。同じ部屋で寝起きしろと言われたら困ってしまうけど、こんな大きなお屋敷だったなら隣の部屋でさえなければまず気配に落ち着かない生活が続くことはない。
 最初こそ馴染むのに時間はかかるだろうけれど、それはどこだってきっと同じだ。
「クリアだって一緒にいるんだし、そんな心配しないわよ」
「そりゃ素敵な師弟愛だことで」
 小さい頃から一緒に過ごしているクリアは関係としては他人だけど、エメラルドにとっては誰より信頼している弟子だし、サファイアにとっては誰より信頼している兄のようなもの。だから心配はないと断言するエメラルドの言葉にはサファイアだって同意しかない。
 そういう関係性を知らないアミルが物言いたげに見てくるのは仕方ないとわかるけど。
「何より問題としては、クリア一人じゃ万が一があるってことよ」
「住ませる上に守れと?」
「まぁ貴方がどうしても嫌っていうなら、特にセバスには最大限協力してもらうことになるけどね。別に? 私はそれでもいいのだけれど?」
 はっとした顔になったアミルがエメラルドを見て、そして背後のセバスを振り返った。
 セバスは顔色一つ変えず何か言うこともなくそこに立ったまま。
 けれどまたエメラルドの方を見たアミルは心なしか青褪めている。
「アンタ、最悪だ」
「失礼ねぇ。私は無理やりなんて絶対にしないのに」
「だからこそ最悪だっつの……あーわかったよ。俺もいればいいんだろ」
 最後はものすごく投げやりにアミルが言い放った。納得なんて程遠い様子は如何にも不本意な選択であると伝わってきて、本当に申し訳ない気持ちになってくる。
 でも。
 彼が出て行くと言った言葉より、残ると言ってくれた言葉を聞いた今の方が不思議と安堵感があった。
 理由はわからない。単に自分たちの都合で追い出すかもしれない事への負い目とは違う何か。すごくうっすらとしたまだ曖昧な気持ちだったけれど、彼にはどこかに行かないで欲しいと思ってしまう。
 なんでだろうなと思いながらじっと見ていたら視線が合って、思わず逸らしてしまった。
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