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文字数 1,709文字

 手がまだ繋がっていることに気づいたアミルからぱっと手を離された。
 特に嫌だと思うわけでも嬉しいと思うわけでもなく、ただ感じる空気の冷たさが少し寂しいと思いつつ自由になった自分の手と彼をサファイアは交互に見る。そんな彼女の仕草にちょっと動揺しながらもアミルが説明してくれた。
 屋敷の持ち主はアミル(やはりサファイアと同じ歳らしい)の方で、一緒に出てきた緑の髪の男性セバスはアミルの世話係、執事のようなものらしい。今屋敷を使っている住人はその二人だけ。
 彼らは精霊の森の中にあるこの屋敷でずっと一緒に暮らしているらしい。
 普段は訪問者が来たりはしないのだとアミルは言う。
「基本的に此処まで来れる人間はいない。全部森に追い返されるからな」
 屋敷の中に案内する前、玄関の扉を開きながらアミルがそう説明してくれたけれど、森に追い返されるという言葉の意味はわからなかった。質問しようとしたけれど、それより早くエメラルドが発言する。
「そもそもこの森には人のための道がないしね。唯一の住人ときたらずーっと引きこもってるし?」
「…………アンタどこまで」
「さぁねぇ。それより良い子の話し方は習ってないの?」
「最低限の礼儀を見せない相手に向ける敬意はないとしか習ってねーよ」
 開けた扉を片手で押さえ、嫌そうな顔で答えるアミルの言葉にエメラルドが嬉しそうに笑った。一見とても失礼な態度に見える彼の様子も、しっかりした理由さえあれば相手のどんな態度も許容する母にとっては不快なものではないようだ。
 単に決まりだからと王妃に上っ面の礼儀正しさを見せる者達よりも、エメラルドの態度が悪いからと相応の態度で接するアミルの方が好まれる。母がそういう人だと分かっているサファイアや師匠の性格を熟知しているクリアにとっては予想通りの笑顔でも、何も知らないアミルからすれば不可解なものなのだろう。嫌そうな表情から怪訝な表情になった。
「いいんじゃない? でもその論理なら、私以外にはそれなりに接するのよね?」
「そりゃあね」
「ならよろしい。って、あらま、本しかないわ」
 アミルの返事に頷いて扉の中を先に覗き込んだエメラルドが呆れたような声を上げた。
 続けて中を見たクリアも声を出すことはなかったもののぽかんとし、クリアの横から中を覗いたサファイアも吃驚してしまった。
 そこは玄関先の筈である。大きな屋敷だし扉も数人が並んで通れるほどの大きさであるため、その奥だって相応の広さだろうことは想像出来ていた。だが、玄関と思われる場所の隅々まで本棚が並んでいるなんて。
 家の入り口というより書庫の入り口みたいだ。
 先に中に入っているセバスが、扉の前で驚いている三人とアミルを振り返る。
「私は先に行ってお茶を用意してきます」
「よろしく」
 アミルの返事に一礼してセバスが廊下の向こうに消えていく。それを見送りながら玄関の中へと進んだ三人の後ろでアミルが扉を閉めた。その音にちらっと振り返ったサファイアと目が合うと少し困ったような顔をする。
「ん? サファイアさんは開けておく方が良かったのかな?」
「あ、いえ、そうじゃないんです。静かに開け閉め出来るんだなぁって」
「そう? もしそうなら、セバスがずっと手入れしてくれてるからだよ」
 少し誇らしそうにセバスの名前を出したアミルが言いながら歩いてくる。エメラルドに言った通り、サファイアに対してはエメラルドとは異なる態度で接したアミルだったけれど、なんとなくそれが少し物足りないような気がした。
 王女として生きてきた彼女にとって、周囲からのそういう一歩引いた丁寧な態度は見慣れたものなのに。
「おい! せめて勝手に見る前に一言断れよ!! アンタ本当に遠慮ってもんないのか?」
「全部魔術書なのねー」
「せめて話を聞けっつの」
 勝手に近くの本棚に近寄って何冊か本を取り出しているエメラルドに対し遠慮なく話しているのを見ていたら、どうにも説明の難しいもやっとしたものを感じる。
 なんだろうなと思うけれど、うまく言い表す言葉を知らない。
 母やクリアに聞けばわかるのかもしれなかったけど、今はまだそういう話をする時じゃないから何も言わなかった。
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