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文字数 3,370文字

「そこでリリアは面倒くさいから先に黙らせてしまいましょうと言い、立ち塞がっていた兵士たちを」
「ちょおおおっとおおおおおお!? ねぇセバス、貴方、今何を話しているのかしら?」
 話しているセバスが部屋に飛び込んできたエメラルドに口を塞がれたことで、サファイアは母が戻ってきたことに気がついた。セバスの話に夢中になっていたから気づかなかったけれど、部屋の入り口にはアミルとクリアもいる。特に怪我をしている様子もない姿にほっとしている間も、エメラルドの方はセバスに対し詰め寄っていた。
「貴方ってばいつの間にそんな軽いお口になったのかしら? ねぇ?」
「少なくとも内容は選んで話したつもりですが」
「当たり前よ。これで全部すっかりうっかり喋ってた日には、私ってば恥ずかしくてついこの森を半分くらい焼いてしまうかもしれないわよっ」
「リリアの過去にはそこまで恥ずべきものは無かったと」
「それはそれとして想定してないところからぺらっと誰かに喋られたら人間というものは恥ずかしくなる生き物なの。覚えておきなさい!」
「了解しました」
 珍しくも真っ赤になったエメラルドが説教しているけれど、セバスの方は一切動じる気配もなく淡々と受け答えしている。
 この母を相手にここまで動揺させることも稀ならば、それでもなお動じることなく受け答えしているその胆力も稀だろう。ただ会話の流れとして興味を持ってしまった手前、セバスが話す理由となった自覚のあるサファイアは青年だけが責められているのを見ていられず母の服を引っ張って気を引いた。
「母様。私が知りたがったから、セバスちゃんは話してくれたんです」
「僕が二人を連れてくるまでの間、セバスちゃんにサフの相手を頼んだんで、それで話をしてくれていたんでしょうね」
 しゅんとなって説明するサファイアを庇うようにクリアが補足して、そこまで呆れた顔で事態を見ていたアミルがはぁとわざとらしいため息を吐いてから鼻で笑った。
「セバスの事だからどーせ本当にやばいことは言ってないんだろ。早く終わったしいいじゃねーか少しくらい」
「……ならこの後は貴方の昔話でもしてもらおうかしらねぇぇ」
「いや俺は話すときは自分で話すからお気遣いなく」
 エメラルドから恨みがましい視線を向けられひょいっと両手を上げてアミルが答える。
 審査をしていたとは思えない様子に、それぞれの顔を見てからサファイアは気になっていたことを問いかけた。
「審査は、どうなったの?」
 エメラルドの審査がどういうものか知っているから、こんな風に互いに元気な様子で戻ってくることはあまり想像出来ていなかった。無事なのはいいことだけれど結果はどうだったのだろうと思いつつの問いかけに、先に答えをくれたのはアミルの方。
「約束は守ったからな」
 少しだけ表情を和らげて伝えられた言葉に、母の方を見れば少し不満げな顔で頷いていた。
「まー合格って事でいいでしょ。全くもって不本意で物足りなくはあるけども」
 ぷすっとした顔で不満を述べているエメラルドを、苦笑しながらクリアが見ている。どういう形で決着したのかはわからないけれど審査を通過したのはサファイアが知る限りアミルが初めてで、本当に合格してしまったんだとただただ驚いてしまった。
 それは同時に、これからのサファイアの居場所が確定したという事でもある。
 視線を感じてアミルの方を見たら、ひらっと片手を振って背中を向けてしまった。
「それじゃ俺は休んでくるから。後はそっちで適当に過ごして。なんかあったらセバスに言えばいいから。一応、出るときは一声くらいかけてくれよ」
 そう言いながら部屋を出て行ってしまう。
 背中を見送っていたら、セバスと入れ替わるようにしてエメラルドが席に座った。セバスは特に何も言わずに空になっていたサファイアの茶碗を持って退室してしまい、部屋の中には三人だけになった。
 はぁ、とエメラルドが大きな息をついて行儀悪く食卓の上にべったりと上体を倒し両手を投げ出す。
「やーねぇ。あの子ってば引きこもりの癖して変なとこ目敏いっていうか隙がないっていうか、もー」
「アミルが?」
「この感じだと将来『貴様のような奴に娘はやらーん』も出来ないかもしれないわー。つまんなーい!」
「お母様?」
 何を言ってるんだろうと思いながら顔を覗き込んだサファイアに、片手を上げて娘の髪を弄びながらエメラルドは微笑んだ。
「ま、見る目があるってトコだけは認めるけどね」
 でもまだまだ。
 そんなことを呟いているエメラルドの向かいに座ったクリアがしれっとした顔で独り言みたいに呟いている。
「とか言いつつ彼のことはもう認めてるでしょう。ああいうの好きじゃないですか、師匠は」
 責めるでもなく揶揄うでもなく、単なる事実を指摘しているかのように淡々としたクリアの発言に、エメラルドはサファイアの髪を指に絡めたまま唸った。
「個人的には好きだけどぉ、母としては心配も残りますー」
「まぁ、僕もいますし。簡単に変なことにはならないと思いますよ」
「…………貴方ってば、私よりも実はそういうとこ厳しいわよねぇ」
「師匠とは違うと分かってますが、僕にとっても大事なんで」
「ふふっ。あのクリアがねぇ」
 よくわからない会話をしているエメラルドとクリアだが、二人の空気は柔らかくて。
 間に入れないのは寂しいけれどきっとこれは良いことなんだろうと思うから、サファイアは黙って話を聞いていた。会話の流れでエメラルドがくすくすと微笑んだ辺りで、知っている香りが漂ってくる。
 昨日の夜に嗅いだそれに入り口を見れば、セバスがお茶とお菓子らしきものを盆に載せてやってきたところだった。
「お疲れでしょう、リリア。皆様も一緒にどうぞ」
「やーんセバスってば気が利く〜ぅ。おやつはなぁに?」
「貴方の好きな花の砂糖漬けです」
「そういうとこ最高に大好きよセバス!」
 がばっと体を起こしてセバスを手招きするエメラルドの姿はまるで子どもみたいで、セバスとは本当に浅からぬ付き合いがあるのだなぁと分かる気安さを見せていた。相応の関係でない限り誰に対してもある程度は線を引いているエメラルドにしては珍しくセバスに対しては一切の線引きが無いように見える。
 ちらっとクリアの方を見れば、サファイアと同じように感じているのだろう。珍しいものを見る顔でエメラルドの態度を見ていた。
 昨日と同じお茶と、見るからに色とりどりで綺麗な花の菓子を持ってきたセバスは、配膳をした後に去ろうとする。
「様子を見に行くの?」
 その後ろ姿に声をかけたエメラルドに青年は頷いた。
「すぐに戻ってまいりますので」
「じゃあ、伝えておいて。一緒にご飯したいわって」
「伝えは致しますが……」
「来なければ私の持ってる魔術書はあげられないわねぇ」
「…………伝えておきます」
 砂糖漬けを片手ににやっと笑ったエメラルドを見た後、セバスは無表情に返事をして部屋を去った。その後ろ姿が廊下に消え、足音が遠ざかった後でクリアが呆れた顔で話しかける。
「報酬って言ってたじゃないですか」
「嘘は言ってないわよ? 一緒に暮らすからには相応に合わせてもらう必要があるじゃない。大丈夫よ、別に本気で一緒に食べたくないんじゃなくて、人と食事する習慣が無いだけなんだから」
 そう言って砂糖漬けを一つ口の中に入れると幸せそうに微笑む。本当に美味しいものを食べた時に見せる表情だが、城の料理人の作ったものでは見せたことがない表情だった。エメラルドのその顔に誘われるようにサファイアも砂糖漬けに手を伸ばし、綺麗な赤紫が覗くものを一つ手に取る。
 何処かで見たことがある色だなとしげしげ見た後、それがアミルの目の色によく似ていることに気づいてドキッとした。
 恥ずかしくなって口に中に放り込んだら、シャリっとした舌触りと同時に優しい甘い味が広がって、花弁も変に残ることなくするっと喉の奥へ流れる。確かにとても美味しい。
「無理してまで一緒に食べるのは違うと思いますけど」
「大丈夫よ。サフが待ってるって言えば絶対に来るんだから」
「……はいっ? え、何? 母様」
 口に残った甘さを感じていたら突然名前が呼ばれてはっと我に返ったサファイアに、エメラルドはそれ以上何か言うことはなく次の砂糖漬けを口の中に放り込んでしまった。
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