第21話 二日後

文字数 1,339文字

 翌朝、顔の腫れが引かず、私は店に電話をかけて事情を話し、休みをもらった。そしてクラスの現状を両親に話した。
「それで、先生は何もできないのかい」父が言い、「情けないねえ、教師のくせに」母が言う。
「で、誰なんだい、そいつらの名前は」
「N、M、Y…」
 私の挙げる名を、父が手帳に書き込んでいった。
 その夜、生徒たちのいなくなった学校に、両親と私は一緒に行った。
「この子が安心して授業を受けられるようにして下さい」
 父が、厳しい口調で教頭に言っていた。職員室には、他の先生たちもいて、それぞれの机の向こうから、私たち親子をうろんげに見ていた。
「生徒間のいざこざは、あくまで当人どうしの問題で、喧嘩両成敗ですから」
 頭を下げ続ける教頭の横で、担任の先生がきっぱり言った。私には、信じられない言葉だった。自分は悪くない、悪いのはあいつらだ。そう信じていたのだ。

 翌日は、顔の腫れもだいぶ引いたので、仕事に行くと、「殴られたんだって。ひっでえ学校だなあ」先輩が言い、「そんな学校、行く価値がないと思うよ」店長が言った。
 両親、店長、先輩達が、学校が悪いと言ってくれる、それは心強いものだったが、もし今、私が学校を辞めたら、また早出や残業を沢山やらされそうな予感がした。もしかしたら店長は、私が学校を辞めることを望んで、そんなことを言うのではないかと思った。
 ── 辞めるのはオレじゃない。あいつらだ。いや、あいつらもまともになって、みんなで、いいクラスをつくってければ、一番いいんだ。
 私は学校を辞めたくなかった。今辞めたら、何も変わらない。「まとも」なクラスにしたい。そのためには、とにかく、登校を続けることだ。

 教室に入ると、クラスメイト達が驚いた顔で私を見た。二日前、殴り過ぎたM君が、特に驚いた顔で見た。
 私は一番前の、黒板の真ん前の席に座る。もう、自分は「中間の人たち」が座る場所に座れない。
 授業が始まる前、「…来てるじゃん」と、遅れて入って来たN君の声が、後ろから聞こえてきた。
 私にとって、最も怖い存在がN君だった。あの日の放課後、四人が私を順番に殴ろうとしていた時も、彼の姿はなかった。N君には、自分は手を出さなくても、「あいつをやってしまえ」と、まわりに無言で命令するような、威圧感めいたものがあるように思えた。
 M君が、私をにらみながら寄って来て、私の顔を一発殴った。
 私は、瞬間、「まだ、やってくるか」と思った。もう殴ってこないだろう、と、どうしてか、思っていたのだ。

 クラスメイト達の前で殴られると、痛さと同時に、恥ずかしさを感じた。また、殴られた瞬間、嗚咽が込み上げてきて、私は泣きそうになってしまった。だが、泣くまい、と堪えた瞬間、自分でも驚くほど軽やかに身体が動いて、臨戦態勢に入ったのだ。全く、自分の身体とは思えない軽さだった。倒れまいとして握っていた椅子、この椅子の四本の脚で、相手の顔を滅多突きにしてやりたかった。私の眼は、吊り上がっていたと思う。
 M君は、おっ、来るか、と身構えた。もし彼がまた殴ってきたら、私は完全にキレていただろう。
「おー、やばいっすよ、ちょっと」後ろの方から声が聞こえた。するとM君は拳を下ろし、ゆっくり後ろの席へ戻って行った。
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