第6話 精神科医

文字数 1,131文字

 母は、区の児童相談所や、大きな病院の小児精神科に行きはじめ、私も何度か、一緒に行ました。
 家の外に出ることのない生活だったので、外へ行きたかったのです。でも、「人の目」がとても気になりました。担任の先生は、「筒井君は身体が弱くて学校に来れない」とクラスで説明していましたし、元気に歩く姿を、クラスメイトやその父兄に見つけられては、いけないと思いました。
 でも昼間、まだ普通の子ども達が学校にいる時間帯に、母と共に歩く子を見れば、ああ風邪か何かで医者にでも行くのかな、と、「人」は思ってくれるだろうと想像し、また、母からは、「ただ先生と話をするだけだから」と言われ、私は積極的に、行きました。

 私が学校に行かないことで、話をする大人が、新しくも思いましたし、何か、助けてくれる、希望のようにも感じました。
 児童相談所の先生は、私と目を合わせようとせず、将棋を指し、駐車場でキャッチボールをしただけでした。何のために行ったのか、分からず、ただ先生は「仕事をした」というだけのように見えました。

 つらかったのは、精神科でした。
「何をしている時が一番楽しい?」と訊かれ、「マンガを書いている時です」と答えます。
「食べ物は何が好き? 何が嫌い?」
「パンとか、軽いものが好きです。ご飯とか、重いものが苦手です」
 緊張しながら私は、先生の質問に答えてました。どうしてこんなことを訊いてくるんだろう、とも思いましたが、自分ではニコニコと愛想よく、ハキハキ答えていたつもりです。
 ですが、先生は、私の答を、素早くノートに書き込んで行くのでした。受け応える、その時の私の表情やちょっとした仕草さえ、見逃さず、書き込んでいる様子でした。

(自分が普通の人間であるなら、こんな話をする時に、ノートに記録などしないはずだ)私は、そう感じました。
「普通ではない自分」という意識は十分持っているのに、それに追い打ちをかけられる思いがして、私は、だんだん、悔しくなって、涙をこぼし始めます。同時に、怒りも、ありました。
「何を書いているんですか?」私は、思い切って訊きました。先生は、「ん、これ? これはねえ…」と、少し、動揺したふうでしたが、はっきり答えてくれません。
 そして、最後のほうになると、「学校の、どんなところが嫌い?」と訊かれます。

「わからないよ、そんなの」私は、ひとしきり泣くと、「やめろよ、書くの! いちいち書くなよ。なんで書くんだよ。 書くなよ。いちいち書くなよ…」叫び始めました。泣きじゃくり、看護師に付き添われて診察室を出ると、今度は母がその部屋に入っていくのが見えます。
 ああ、あの先生の、自分への分析の話を聞きに行ったんだな、と想像すると、また新しい涙が出てきました。
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