第18話 夜間高校

文字数 1,074文字

 朝八時過ぎに家を出て、九時前に店に着く。夕方四時にタイムカードを押し、店を出る。帰宅するのは五時前で、部屋で好きなレコードを聴いてくつろぎ、今度は学校に行くために家を出る。
 まるで一日が二日あるみたいで、トクをした気分になった。
 私が通ったクラスは(といっても、一学年に一クラスしかなかったが)女子四名、男子二十名ほどの人数だった。五時半から授業が始まり、給食をはさんで九時に終業する。
 定時制は、「昼間働いて夜学校に来るのだから、真面目な人が多いだろう」というイメージだった。おじいさんやおばあさんも通っている話も、聞いたこともある。だが、私のクラスは最年長が十九歳で、みんな中学を卒業して、すぐ、ここに入学していた。働いていない人もいるようだった。

 静かだった教室がざわめき出したのは、科目によって変わる教師が一回りした頃だった。
 一番前の席、黒板の真ん前に座るK君が、一番後ろに座るN君から、授業中に消しゴムやシャーペン、丸めた紙などを投げられ始めたのだ。
 あまり命中はせず、大半は黒板に当たり、はね返った。
「やめなさい」
 教壇から、先生は言ったが、口元で笑っていた。
 夜間高校は座る席が自由で、その日、たまたま私は物を投げるN君のすぐ横に座っていた。最初私は、退屈な授業なのでN君は皆を笑わせようとして、ふざけているのだろうと思った。実際、まわりの人達はクスクス笑っていたのだ。私も、笑わなければいけないような気がして、少し笑った。顔が、引きつるのが分かった。

 しかし、大きめの消しゴムや固い筆箱が、たまにK君の頭に命中すると、私の心臓はドキドキし始めた。
「センパーイ、当たっちゃいましたよ!」声が上がり、ワハハ、と大声で笑う人もいた。
 クラスの全員が、伏せ目がちに小さく笑っていた。笑うどころではないはずなのに、笑わなくてはならない、何かがあるような感じだった。
 休み時間にK君のところへ行くと、後ろの方からじっと睨んでくるN君達の視線が当たり、気まずかった。
 中学の時と同じように、私は八方美人風に、クラスのみんなとニコニコ接していたが、N君とその周辺にいた人達とは、距離を置くようになった。

 ある日、K君は左手に包帯を巻いていた。「どうしたの」と聞くと、「火のついたタバコで焼かれた」と言う。そして次第に学校に来なくなり、辞めてしまった。
 クラスは、だんだんと荒れていき、給食を床にバラまいたり、二階の窓から机を放り投げるクラスメイトも出てきた。私は、何か怒りのような、もやもやした踏ん切りのつかないものに、次第に捕らわれていった。
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