第9話 親の変化

文字数 1,075文字

 学期初めに四、五日行くだけで、あとは全く登校しないまま、私は小学五年になります。出席日数の全く足りない私の進級は、学校長の一存で決められました。
 ここで担任が若い男の先生に代わり、私は生まれて初めて頬にビンタをくらいました。原因は、忘れ物でした。
「忘れた人、前に出て来い。」そう言われ、前に出て行ったのは私一人だけでした。教室がシーンとしている中、前に出て行ったら、ピシャリ。

 歩いて席に戻る途中、私の席のすぐ後ろの人が、(あーあ、やられちゃったなァ)という顔で、上目遣いに見ていました。私は照れ隠しで涙ぐみながら笑い、(ウン、やられちゃったョ)という顔をつくりました。
 何ともいえぬショックでした。なんで自分だけ忘れたのだろう、みんなも忘れればよかったのに、と恨めしく感じました。これが本当の理由かどうか分かりませんが、私はまた学校に行かなくなります。

 両親に変化がみられましたのは、その頃でした。何だか妙に明るいのです。父が笑い、母の笑い声が聞こえてきました。それも不自然な、無理のある明るさではなく、肩の荷が下りたような、リラックスしているムードなのです。
 その声に引き寄せられるように、私が台所の冷蔵庫に行くふりをして茶の間を通りすぎようとすると、「ああ、来たのかい。まあ、座れよ」父が言いました。
「もう、学校に行け、なんて言わないから、もう隠れたりしなくていい。学校になんか行かなくてもいい。ここは君の家なんだから、堂々としていろよ」

 傍で母が、口元で笑いながらうなずいていました。私は狐につままれたような気分でしたが、部屋に戻って一人で泣いたのを覚えています。
 そして、せっかくそう言ってくれる、「いい」親なのに、自分はこれからも学校に行かないのだと思うと、親不孝でごめんなさい、という気持ちが強く込み上げてきたのでした。

 親が私の味方になってくれたことを目の当たりにしたのが、家庭訪問に来た先生を、玄関で返した時でした。
「本人が行きたがっていないのを、無理に行かせることはないと思いますし……本人が先生と会いたがっていないので……行きたくなったら行くでしょうし、会いたいと言ったら、その時に来ていただければ……」
 階段途中で聞き耳を立てていた私に、母が、しっかりとした口調でそう言うのが聞こえました。
「そうか、今日、先生来たの。なんていったっけ、あの、○○っていうのかい、パッとしない先生だな、おれも会ったことあるけど、ダメだね、ありゃ」
 夕食の時に、父が笑って言いました。私は親と一緒に、茶の間にいることができるようになったのです。
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