第17話 学校に行きたい

文字数 883文字

 私の恋人や中学時代の友人はそれぞれ高校へ行き、疎遠な状態になっていた。仕事場に私と同年齢の人はおらず、友達連れで来る高校生の客が、羨ましく見えた。
 学校に行っている人達は、とても楽そうで、私よりもたくさん時間を持っているように見えた。
 ── 働くことは、将来イヤでもやらなければならないことだ。何も今、こんな一生懸命働くことはないんじゃないか。今、十五歳の自分がするべきことは、学校に行くことじゃないか。
 そう考えるようになった。

 親に話すと、母は「このまま働いててもいいんだけどねえ…」と戸惑ったように言い、父は「行きたくなったのかい、そうかい」と微笑んでいた。兄は、「一度社会に出て働いて、それから学校に行くといいんですよね」と言った。
 父が中学校に相談に行くと、私の担任だった先生が高校受験のための手続きをとってくれた。母が、近所に住む小学三、四年時の担任に電話をし、事情を話すと、家庭教師を紹介してくれた。
 店長は、受験しても落ちるだろうと考えている様子だったが、「まあ受けてみたらいい」と言ってくれた。
 受験勉強のために、私の勤務時間は朝六時半から昼過ぎまでになり、まだ太陽が上にあるちに、仕事から解放されることが嬉しかった。

 一年遅れての高校受験は、当然落ちた。だが、その受験の日、久しぶりに嗅ぐ机や椅子の匂いが懐かしく、教室の中でみんなと一緒にいることが、ほんとうに嬉しかった。試験場に向かう途中、話し掛けられて、休み時間に一緒に話し合える「友達」もできた。試験の出来不出来よりも、その日、「学校に行けた」ことが嬉しくて、たまらなかった。
 私は、学校という所へ、本気で行きたい自分を自覚した。
 家から歩いて五、六分の都立高校は、「定時制生徒募集」の看板を常に出していたので、そこを受けることした。
 すると、なんと合格した!
「普通の高校生になる」念願は叶わなかったが、早出や残業が無くなって、憧れの学校に行けるのだから大満足だった。

 昼間働き、夜学校に行くという新しい生活が始まった。受験した、ほとんど全員が入学していたことは、後から知ることになる。 
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