第29話 体験発表

文字数 2,116文字

 私の足は、自然のように「脱学校の会」へ向き始めた。「別冊宝島・学校に行かない進学ガイド」(JICC出版)に紹介され、連絡先として私の家の電話番号が載った。
「何か問題が起こったら、ぜんぶオレのせいにしていいから、筒井君の好きなようにやれよ」K先生はそう言って、あまり会に顔を出さなくなった。

「宝島を読んだんですけど」と、多い日には三、四本の電話が来た。私のいない時は親が対応し、折り返しこちらから電話をかけた。かつて登校拒否したけれど、これからどうやって生きていこうか悩んでいる、そんな二十代前後の人がほとんどだった。
 たまに、親からの相談も受けた。ここから始まる、いろんな人たちとの関係は、大学のそれよりも楽しく感じられた。

 NHKの朝の番組の取材を受け、ディレクターから「学校に行かないでいいというのは、一つの宗教ではないか」と言われ、そうかもしれないなぁと思った。長い収録が終わって帰宅し、何気なくそのことを親に話すと、「学校に行かなきゃいけないっていうのも、宗教なんじゃないかねえ」と言われ、ああ、そうだなぁとも思った。
 会の参加者に誘われて、大学をサボッて横浜にある「不登校児をもつ親の会」に行くと、主催者から「今度の定例会で、不登校経験のことを話してくれないか」と頼まれた。
 私よりよほど長く生きている親御さん達に、自分のほぼ半生を話す。異和感は感じたが、お役に立てるならと思い、引き受ける。

 当日、三十人ほどの親御さん達の前で、マイクを持って不登校経験を話すと、思いがけず私自身が、何かの宗教の教祖のようになってしまっていた。親御さん達はとても熱心に聞かれ、「部屋に閉じこもる子どもに、どう接したら分からない」という親に、「ボクのケイケンではコウだから、コウした方がイイんじゃないですかネ」というようなことを言えば、「はい、わかりました、ありがとうございます」と、深々と礼をされ、疑うことなく聞き入られてしまうようだった。
 登校拒否児だった私が、「立ち直った人間」として見られたのは、「大学生」という身分が大きな要因になっていたと思う。

 その日以降も、何回か依頼を受けて、その親の会に行った。私は、自分の体験を話すことで、人のお役に立てることが嬉しかった。つまらない大学の講義を受けるより、よほど有意義だとも思った。だが、「私の子が、私の子が」と、何十人もの親が窮状を訴えてくる。答える私の言葉に、「僕の場合は、僕の場合は」が、次第に多くなっていった。
「私の子」とオレは違う。アンタの子どもだろう。オレの話を聞いて何とかしようなんて思うなよ。自分の子どもと、真正面から向き合えよ ── そんな不満も持ってしまった。

 親の会にいる自分が、場違いであることが確かに感じられた。けれど私は、人のお役に立てる満足感にすがりたかった。そして場違いであると感じながら、「親の会」へ行く自分自身に対して腹を立てていた。
 親御さんの話す「私の子」を想像し、応答を続けていく中で、精一杯話したつもりでも、何も伝わっていないように感じられた。みんな、自分の子どもの話をしたいだけで、私の話など聞いちゃいないのではないか。そんな不信感も芽生えてしまった。

 司会者からマイクを渡され、ある親御さんが、高校生になる息子さんの話をした。家庭内暴力の話で、息子に殺されそうになったという。対処法を聞かれた時、私は、何も言えなかった。
「頑張って下さい、としか言いようがありません…」
 やっと、そう言えた。だが、親御さん達からすれば、冷たく言い放たれた言葉だったと思う。
「そんな言い方、しないで下さい…」と小さな声が聞こえた気がするし、私の頭がつくった幻聴だった気もする。
 別の親が手を挙げ、司会者が指名し、「うちの場合はこうなんです…」と話し始め、話を続けるうちに泣き出してしまった。
 やはり子どもから暴力を振るわれている話で、かなり悲惨な内容だった。言葉に詰まるその親に、後ろの方から「頑張れ!」と声が上がり、その声も涙声だった。会場全体が、鼻水をすすっているようだった。

 大変なことになってしまったと思った。この人が泣いたのは、会場が涙に包まれたのは、自分のせいだとしか思えなかった。ひたすら後悔したが、もう遅い。その親御さんに、私は自分でも何を言っているのか分からぬまま、何かとにかく、話し続けていた。
 そこから記憶が途切れている。どんなふうに終わったのか、恒例の二次会に行ったのか。完璧に記憶の外にある。数日後、電話があって、やっと誘いを断ることができた気がするし、本当にそんな電話があったのかという気もする。

 だが、そのような「不登校を考える親の会」は全国的にあって、東京都が主催したシンポジウムのようなものから、地域的な活動の場まで、声が掛かれば私はパネラーになって自分の体験を話しに行った。
 それというのも、大学がつまらない自分から、逃避するためだったと思う。そして、お役に立てる満足感…。自分が、自分自身の問題と向き合えもしないのに、アンタの子どもだろう、自分の子どもと真っ直ぐ向き合えよ、などと、よく、傲慢に思えていたものだと思う。
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