第11話 毎日行った

文字数 1,709文字

 中学に入学した私は、何思ったか、毎日休まず、登校を始めた。今まで家に閉じこもらざるを得えなかった鬱憤を晴らすようでもあり、ほとんど何も考えず、家の外に出られる喜びを、単純に体感して、行くことができた。
 教室に自分の机があり、椅子に座る。まわりを見渡せば、四十人が同じように座っている。この現実が、とても新鮮に映った。「普通」の仲間入りを果たせた心地良さ、快さも、あった。
 バドミントン部に入り、放課後の部活動に熱中する。誰とでも仲良くでき、年賀状をクラス全員からもらった時は、何に向けてか、誇らしさに内心で胸を張った。

 私の豹変ぶりには、親の考えが変わったことが大きく影響している。「学校に行かないでもいい」父と母が、そう言ってくれたことで、私の中にも、「学校に行くしかない」の一点張りでなく、「いつ学校を休んでもいい」という余裕ができ、逆に私は学校に行く力を与えられたようだった。
 一方通行の細い道の脇に、空き地ができたような感覚。その空き地から来る、気持ちのいい風に、背中を押されるように私は登校を続けていた。張り切りもせず、頑張りもせず、自然のように足が学校に向いていた。

 だが、文句のつけようがなかったはずの中学生生活に、また行かなくなったのは、一年の三学期の初めだった。なぜ学校を休みがちになったのか、今回は理由はハッキリしている。
 二学期の後半から、私は週に三日ある部活動の日にだけ登校し、他の日は休むようになっていた。
 休み時間に、黒板横の暖かいストーブに群がるグループにいた私は、「バドミントンのある日だけ来るなよな」と、同じ部員から言われ、その周りにいた仲間達にも、うなずかれてしまった。
(これはいけない、部活のある日も、学校を休まなくては)そう思ったのが、始まりだ。
 なぜこの時、「部活のない日も学校に行こう」と思えなかったのか。自問しても、「バドミントン以外に学校に行く目的がなかった」という極単純な答しか見当たらない。

 小学生の時のように、登校時間に隠れることはしなかったが、また私は自分の部屋に閉じこもるようになっていく。
 親も、「学校なんか行かなくていい」と言いつつも、休まず登校する私を、内心で嬉しがっていたようだった。行かなくなってから、家の雰囲気が、トーンダウンするのが分かった。以前のような、ドン底の状態になることはなかったが、薄く涙ぐみながら笑い、ああ、また行かなくなったんだな、と沈んでいく気持ちが伝わってきた。

 なぜ学校に行かないでいい、と考えてくれるようになったのか、両親に聞いてみたことがある。
「まあ、お前が小学五年の時だったかい、あの病院のW先生に、『なんで学校に行かせたいんですか? 行かなくてもいいじゃありませんか』って、逆に質問されちゃったんだな。その時、頭をガツーンと殴られた思いがしたね。剣道の、メーン!だな。マイッタ、と思った」と父。

「いろんな病院とか相談所とか行ったけど、結局、学校に行かせようとしたんだよね。でも、あのW先生は、学校に行かない子の方がススんでいるんだとか何だとか、うまいこと言ってたわね」と母。
「まあ、正直なところ、ぶっちゃけて言えば、もう、お手上げだったんだな」と父が笑いながら言った。
「もう、お前を学校に行かせようとすることに、疲れちゃったんだよ」

 ほんとうは学校に行って欲しかったけれど、どうにもこの子は全く行かない、と痛感していた時に、ちょうど「学校に行かなくてもいい」と言うW先生と出会い、「ああ、そういう考え方もあるのかなあ、って思ったら、気が楽になった」と母が言う。
 小学五年の時、その楽になった親の気持ちが確かに伝わってきた。この中学の時は、下降線をゆっくり辿る家の空気が伝わってきた。動揺を隠しながら、(まあ、行かなくてもいいんだ)と思い込もうとしている父と母の心情が伝わってきた。以心伝心。家族の中で、それは手に取るように、分かるものだった。
 私が以前ほど落ち込まず、客人にも挨拶をし、「堂々と」家にいることができ、表面的には「明るく」振る舞えていたのも、親の、暗くなるまいとする姿が、強く感じられてのことだった。
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