第2話 家

文字数 1,142文字

 翌日、私は登校時間までに隠れる場所を決め(実は前の晩から寝床の中で考えていたのですが)、トイレや二階に行くふりをして、姿をくらませます。
 私の家は、関東大震災で崩れず、昔ながらの日本家屋そのままに、広々としていました。台所は四畳半位で小さかったのですが、すぐ横に六畳ほどの茶の間があり、仏壇のある六畳間、母が生け花教室をする十畳間、八畳ほどの応接間、また六畳の部屋がありました。これが一階です。
 二階は兄の部屋、十畳以上はあったと思います、それと私の部屋が八畳位、それに洗濯物や布団を干すベランダがありました。

 比較的小さい体形だった私は、兄の洋服ダンスの裏側や、押し入れの布団の奥など、いろいろな場所に隠れることができました。トイレに鍵を掛け、ずっと出なかったこともありますし、玄関の、板の間と地べたの隙間に隠れたこともあります。
「サトシー! サトシー!」と、母の呼ぶ声がしても、息を殺してじっと動かず、隠れ続けました。

 家族が私を探すことをあきらめ、父が会社へ出て行くと、私はホッとします。たたかれるような育てられ方ではなかったので、肉体的には怖くなかったのですが、精神的に、「一家を支える大黒柱」といった存在感が恐かったのです。そんな父よりも、母や祖母の方が、顔を向けられ易かったのです。
 登校時間がとうに過ぎて、家の中が、日常の静かな感じになった頃を見計らって、のそのそ、私は茶の間の入り口に立つのでした。できれば、ずっと隠れていたいのですが、不自由な態勢でしかいられない狭い場所に、いつまでも隠れているわけにもいかず、「でも僕はここ、家の中にいたよ」と、知らせたくて、姿を見せました。

 祖母と母が、昨日のように炬燵に入って、うつむいていました。私は、死にたくなりました。自分のせいで、お母さんとお祖母ちゃんが、こんなになってしまっている。
 その時、母が、突然、うっ、うっ、と、泣きはじめて、両手で顔を覆いました。私は、全身がかきむしられる思いで、咄嗟に、「明日は行くから! 絶対、明日は行くから!」と叫びました。母の、涙を止めたい一心でした。

 私は二階へ、逃げるように駆け戻りました。自分は、この家を、滅茶苦茶にする。ここにいては、いけない。死ぬべきだ、そう、感じました。
 ですが、明日、自分が学校へ行きさえすれば、また元通りの家に戻る、とも考えられました。
 明日は、ほんとうに行くしかない。明日は、ほんとうに、行こう。いや、行こう、行きたくないどころでなく、行かなくては、いけない。
 そう思うと、なぜか涙が出てきました。その自分を、ごまかすために、また漫画を読み、ボードゲームをひとりでやり、時計を見ては、まだ時間がある、まだ時間がある、と、救いのように考えていました。
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