第19話 辞めて行く同級生

文字数 1,651文字

 K君が辞めると、今度は学級委員長のA君が、学校に来なくなっていたが、一学期が終わる頃、突然私の家に来て、「筒井君、ぼく学校辞めるから。二学期からの学級委員、きみに決まったから」と言う。
「え、なんでオレが?」
「前任者のぼくの権利で決められるんだって。エヘン!(笑)、××(クラス担任の名)も了解してるから。よろしくね。がんばってね」

 数日後、A君は顔を腫らして教室に入って来て、後ろの方に座るN君たちを、おびえと憎しみの混ざったような眼で見た後、すぐ出て行ってしまった。それがA君を見た、最後の姿だった。A君と親しかったB君も、おびえた顔をして教室を出入りしたのを見たのを最後に、辞めていった。
 ── なぜ辞めちゃうんだ? 大人しい、誰にも迷惑を掛けていないふたりじゃないか。K君だって、そうだった。どうして暴力ふるうヤツらが残るんだ?
 私は、どうしても腑に落ちなかった。
 二学期になると、今度はT君が、教室に入ってくるたびにN君達から「おい、エレファントマン!」(当時流行っていた、奇形児が主人公の映画タイトル)と大袈裟に茶化され、笑われ始めていた。
 私は、学級日誌を通して、担任の先生にクラスの現状を伝えようとした。ここで起こっていることを、先生は、まるで知らないのではないかと思ったからだ。

 ○月×日、S君が他校の生徒を連れてきて、教室に給食をぶちまけていた。誰を連れて来ようと構わないが、給食をまき散らすのはいけない。
 ○月×日、二階の教室から机を窓の外に放り投げたのはC君だ。彼は国語の授業中、タバコを吸っていた。数学、古典の授業の時はおとなしいが、受け持つ教科の先生によって荒れた時間になってしまう。国語の先生に、やる気がないのだから仕方がない。
 ○月×日、今度はT君が学校を辞めさせられそうだ。N君が…

 と書いていると、
「おい、こんなこと書かないほうがいいと思うよ」
 日誌を書いていた私の横で、F君が言った。
「なんで?」
「しょうがねえじゃん、ここはバカの来る所なんだからよお」
「なんでバカなんだよ」
「あのねえ、学校に行ってなかったお前には分からないだろうけど、」
 と、F君が苦笑しながら教えてくれたのは、学校には偏差値というものがあり、その数字によって個人の学力が割り振られること。中学三年時に、担任から、学力に見合った受験校を指定されること。そして定時制は、偏差値がそうとうに低いということの三点だった。
「オレは、ここしか入れないって、センコーに言われたもんね」
 F君の横にいたW君が、独り言のように言った。

「お前、ここに四年通って卒業すれば、『都立K高校卒業』って書けるんだぜ。知ってた?『定時制』って書かなくていいんだぜ。 ここ、昼間は頭がいいのは知ってるだろ」
「書くって、どこに?」
「履歴書だよ、履歴書!」
 そんなことも分からないのか、というふうに笑われた。
 私は、履歴書なんてどうでもよかった。ただ、この荒れたクラスを何とかしたかった。しかし偏差値という存在は、見たことはあるけれど、詳しく知らなかった。
 みんな、こんな学校に来るのが、不本意なのかなと思った。だとしたら、荒れて当然だと思った。自分の意思でなく、いやいや、仕方なく通っているわけだから…
 そう思うと、この教室という空間が、「暴力をふるう人」「ふるわれる人」「それを見ている人」という「役割」が、各々に割り当てられているように見えた。それは自分で決めたのではなく、偏差値の数字みたいに、私たちでない、何か別の力を持ったものが、そうさせているように思えた。

 新しい「標的」になったT君の顔には、「今度はオレの番か」と書いてあるようだった。甘んじて、それを受ける覚悟のような、心の準備さえできているように見えた。
 私はF君の、せっかくの忠告を無視して、学級日誌に「書いてはいけないこと」を書き続けた。
 それから何日かして、いつものように登校すると、教室の真ん中で、机に足を投げ出して学校日誌を読んでいるN君の姿を見た。
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