第20話 放課後

文字数 961文字

(やばい!)私は、咄嗟にそう感じた。
 後ろの方の席にいた、N君グループの一人、M君が私の方にやって来て、「おい、お前、今日、教室に残っとけ」と言った。
 その日の放課後、私は彼らと教室に残った。
 不思議と、全く怖くなかった。
 ── これ以上、クラスメイトが辞めさせられてたまるか。
 そんな気持ちが強かった。
 彼ら四人の中には、以前私の家に遊びに来た「友達」が二人いたが、一人は廊下を見張り、一人は腕組みをして教卓の上にあぐらをかいて座り、M君の次に、私を殴る順番待ちをしていた。

 かつての友達は、複雑な気持ちでいるように、私には思えた。だが、彼らはN君グループに属する人間で、私はもう殴られて当然の人間になっていた。
 順番に、私を殴る予定だったはずが、最初のM君が必要以上に私を殴り、私の顔が変形してしまったので、あとの人たちは殴らずに終わった。
「階段から落ちたって言えよ」
 そう言って彼らが出て行くと、まもなくF君とT君と、もうひとり、女の子が、「大丈夫か」と言いながら教室に入って来た。どこかで、待っていてくれたのだった。
 F君に抱えあげられると、突然私に、涙が、止めどもなく溢れ出した。両脇を二人に抱き支えられて、教室を出て校門を出て、女の子は先頭を行き、私は二人に抱き支えられながら、夜道を泣き続けて歩いた。家のそばまで来たので、三人にありがとうを言い、私たちは別れた。
「筒井、学校、来いよ」
 F君が、少し涙ぐんだ眼で、そう言った。

「ただいま」
 家に入ると、母と兄が茶の間でテレビを見ていた。
「どうしたの、その顔」
 母が聞いてきた。
「階段から落ちた」
 私は笑って自分の部屋に行き、ベッドにヘバっていると、
「階段から落ちて、どうしたらそんな顔になるの」
 いつのまにか来ていた母が、私の汚れたTシャツをまくり上げた。
「誰がこんなことを…そいつを殺してやりたいよ」
 泣き出す母の声を聞いたら、また私は、涙が出てきた。
 ああ、オレは学校に行っても、親を泣かせる人間なんだな。そんなふうに思った。
 母の後ろに、いつのまにか立っていた兄が、
「サトシは、相手を殴ったんですか」
 と聞いてきた。
 私は、殴ってやろうとも、殴り返そうともしなかった。泣きながら首を振ると、
「それは偉かったですね」
 太い、しっかりした声で、そう言われた。
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