第14話 最後の登校

文字数 1,031文字

 翌日、私の両親が彼女の家にお詫びに行った。帰ってきた父は、「痴漢に追われたことから精神的に守ってくれたのがサトシさんだと、彼女が言っていたそうだ。ご両親は、そんなことがあったとは知らなかったそうで、礼を言われたよ。これからも、つきあって差し支えないとのことだ。ただし、あれだよ、健全に頼むぜ」
 私は、この時初めて、自分がまだ子どもで、親の「保護下」にあることを思い知った心地がした。すると、今まで自分がイキガッていたことへの恥ずかしさが実感せられ、また、彼女への、あれほど好きだった思い、「一緒に生きて行きたい」思いが、波を引くように冷めていった。

 結局私が中学に通ったのは、一年の三学期までと、この突然の二日間、それからもう二日だけだった。進路相談の日と、卒業式の日だ。進路相談は三者面談形式で、生徒がいなくなった夕方、母と二人で行った。
「卒業して、どうするんだ?」担任から聞かれ、「漫画家のアシスタントになりたいです」と答えた。もう、大好きな漫画も、中学時代はすっかり書かなくなっていたが、小学校に行かない間、将来「なりたい」と思った職業は漫画家だけだった。それを先生に言いたかったのだ。
「コネはあるのか?」と聞かれ、「コネ」の意味が分からなかった私は、笑って照れたふりをした。

「知り合いが、セブンイレブンの店長をしていて、そこで働かないかって言われているんですけど、どうするのかはこの子次第ですし、どうなりますかねえ」
 母が、のんきそうなふりをして笑って話していた。
 もちろん、この話は私も以前から知っていて、(これしかないな、働こう)と内心で決めていた。漫画家は、確かに夢ではあったけれど、現実的ではないという気が自分でもしていて、結局本気にはなれなかった。それよりも、身近にある働き場所の方が、堅実な、現実のものとして映った。
 そして学校に行っていない自分が、チャンと働けるのか、根強い不安も確実にあった。

 卒業式の日は、式が終わって誰もいない学校に、一人で行った。校長室で、校長が卒業証書を読み上げ、私が受け取ると、横にいた担任と科学の先生のふたりが、パチパチと拍手をくれた。
 帰り道、── やっと終わった!、そんな実感が込み上げてきて、武者震いするような心地良い緊張感が、身体に満ち溢れてきた。
 もう、学校のことを考えなくてもいい。これから自分のほんとうの人生が始まる! そう思うと、身体の芯が熱くなるのを感じ、私は堂々と、胸を張って歩いていた。
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