第30話 自分の居場所

文字数 1,150文字

 大学一年の最初の秋、徐々に、しかし確実に私の足は大学に向かなくなり、小学生の時と同じ「登校拒否」の状態に陥った。大学で、何があったというわけでもない。むしろ、何もなさすぎたのだ。
 義務教育ではないのだし、ムリに行く必要は全くない。イヤなら辞めればいい。それだけで、全く済む。だが、
「筒井さんとこのサトシ君、もう二十歳でしょ。何やってるのかしらね」近所のおばさんの声が、妄想に響く。
「サトシ君、元気? 今何やってるの?」母のお友達は、お茶を飲みながら、母にそう聞いてくるに違いない。
 大学を辞めたら、うかつに近所も歩けない。何より、親にまた要らぬ心配を掛けてしまう。
 辞めてから、自分が何をするか。これを決めない限り、大学を辞めるわけにはいかなかった。

 私は、通学を続けていれば卒業するだろうと思った。前期試験の結果は、「優・良・可」のうち、優と良が多くを占めていたし、四年になれば就職活動などをして、それで行き先が決まってしまえば、それなりに職に就き、なんだか生きて行くのかな、と想像もした。
 しかし、そんな想像上の自分は、まるで自分ではないのだった。
 なぜ、自分は、こんな自分であってしまうのか。考え始めると、底なしの不安に落ち込んだ。セブンイレブンは二年で辞め、高校は一年で中退、大学は半年でもう行きたくなくなっている。だんだん、その期間が短くなっている…

 夏休みが終わるまで、「脱学校の会」の友達や大学の友達と、よく遊んだ。K先生の数学のテキストづくりや、ペンションで住み込みのアルバイトもして、多少サボったが講義にも出席し、ちゃんと試験も受けた。だが、まったく忍者の忍び足のように、ひたひた、私の中の何かが蠢き出し、止めようのない胸騒ぎがざわざわ始まってしまった。後期の授業が始まると、カラダ、ココロ、名称は何でもいい、私の何かが私に訴えてきて、どうしようもなかった。

 勉強なんかしなくてもいい。ただ行って、教室に座っているだけでいい、体育の時間など適当に身体を動かして「ふり」をしていればいいのだ。が、それができない。その前に、その場所へ行けない。
 小学四年の時と、全然変わっていない自分を意識した。歳だけ取って、何の進歩もしていない。
 何とかしなくては、と私は「フリースクール」へ向かい始める。「脱学校の会」で親しくなったA君の親が、不登校児の居場所として、フリースクールを毎日開いていて、そのスタッフを募集していたのだ。私は、同じ不登校関係でも、親御さんに向かうのではない、不登校児本人に向かうのなら、大丈夫だろうと思った。
 小学低学年から中学三年までの子ども達、十~二十人ほどが、毎日やって来るその場所に、私は大学に行かず、ほとんど毎日「ボランティアスタッフ」として通うようになる。
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