第31話 フリースクール

文字数 1,908文字

 フリースクールは、さしたる校則もなく、授業はあったが、出席するもしないも子ども達の自由だった。その日によって来る人数も違ったが、平均すれば五、六人から十人といったところで、子ども達は漫画を読んだりゲームをしたり、好きなことをしていた。
 私の仕事は、一緒に子ども達とゲームをしたり、近くの公園へキャッチボールに行ったりすることだった。
 大学を辞めた後の自分の所属先として、私はここを狙っていた。隣り町にあり、給料の出る、正規のスタッフにもなれるし、「脱学校の会」をやっている者として主催者からも信用されていたようだった。

 だが、通いながら私は、この場所に対して自問せざるを得ないものを感じていた。
 自分が小・中学を登校拒否していた時、このような場所があったとして、私は通っていただろうか、という自問だった。「通っていない」、確固とした自答が返ってきた。
 私は学校に行かない自分を、死刑を宣告されても当然のように受け止めていた。このような不登校児のために用意された場所は、自分の「学校に行かない」罪を逃れるための逃げ道のようで、通うことなど考えたくもなかっただろう。

 いや、家に閉じこもっているのがつらくて、外に行きたくて通っていたかもしれない。でも、やはり同類の人間がいる所に行くことは、ひとりでいるより、つらかったろうとも思う。
 ただ、確かだと思えたのは、ひとりで悶々と将来を憂えていた時間、エスケープ先もなく、自分と向き合うしかなかったようなひとりぽっちの時間が、私には貴重な時間だったというふうに思えたことだ。
 過去になったから、そう思えた、とも思う。
 今、自分は、小・中学生時の自分だったらきっと通っていない「不登校児のための場所」に通っている…
 過去の自分と現在の自分の、まるで接点のなさ、ズレ、オトシマエのつけようのなさのようなものが、私の中にもどかしくあった。

 不登校児の受け皿のような「フリースクール」とは何なのか。ここに通う自分は何なのか。
 毎日通いながら、私に苦しく感じられたのは、自分が教師になったような、あれほど嫌いだった学校の、職員室に属する立場であるような意識を持った時だった。
 主催者は、親御さんの相談に忙しく、子ども達の情態をわれわれスタッフに、会議の際に聞いてくる。子ども一人一人のことを、どれだけ把握しているか。それが、ここで働くスタッフとして、何より肝心な仕事だった。
「○君は、最近どんな様子?」と訊かれると、私はその子の様子を伝える。本人のいない所で、その子についてあれこれ言い合い、会議をしている私たちの様子を、子ども本人が見たら、きっとイヤな気持ちになるように思えた。
 
「つっつさん、つっつさん」と、子ども達が私に寄って来れば来るほど、私は主催者から評価されてしまう気になった。何か、見えない縄で縛られているような気になった。
 子ども達と触れ合うこと、それは確かに私の仕事だった。そして会議の時に、この子はこんな様子です、と報告する…

「脱学校の会」の場所を提供してくれているH先生の、「一流みたいな会社に勤めてた友達がいるんだけどね、ちょっと地位が上がって、部下の働きぶりを評価する、みたいな立場になったらしいんだな。で、辞めちゃったんだけど、辞める時、『人間が人間を評価することはできません』って言った、って聞いてね、うん、そうか、って思ったんだけどね」
 笑って聞かせてくれた、そんな話も思い出し、今の自分とどこか被るような気がした。

 子どもだって、立派な人間だ。私と、ひとりひとりの、人間関係だ。それを、あれやこれやと「会議」で、口語の内申書みたいに報告する自分は、何だ。
 自分は、義務で、人間と関係しているのか…
 小学の時、精神科医に「分析」され、私が泣いて部屋を出たあと、母が、あの部屋に入って行った、あの時のやりきれない気持ちも思い出された。

 ── 夏が終わる頃、フリースクールの行事として、みんなで十日間の合宿旅行に行くことになる。
 他のスタッフ二、三名、子ども達二十名位とで、船で北海道へ行った。廃校になった学校を利用して、綺麗な体育館でみんなで寝起きし、みんなで三食をともにする…その場所で、私は限界を迎えた。四六時中、子ども達、スタッフ、主催者と一緒にいること、そしてずっと緊張し続けている自分に、完全に疲れてしまった。
 合宿何日目かが経った、ある昼間、主催者が子ども達を集め、話をする時間があった。やっと一人になれた私は、荷物をまとめた。お詫びの手紙を書き、スタッフの一人に渡し、そのまま合宿所から逃げるように脱出し、ひとりで東京に帰ってきてしまった。
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