第3話 ニンゲン?

文字数 1,101文字

 私は、家族にとんでもない迷惑を掛けていることを自覚しながら、今日も学校に行かないで済む、と、ホッとする自分がいたことを、否むことができません。そうして、これだけ迷惑、迷惑どころでない、親を泣かせてまで、学校に行かず、「ホッとする」とは何事か! と、まともでない自分の、救いのなさを思いました。
 しかし、日がな1日、自分の部屋に閉じこもっていると、結局、好きなことをしたくなって、また漫画を読み、さらには、ノートなどに漫画を書き始めていました。

 母が、「話をしよう?」と涙声で階段を上がって来ても、私の部屋は、廊下を挟んで4枚のガラス障子戸で仕切られていたのですが、母が開けようとすると、その影の方へ飛んで行き、戸が開けられぬよう、渾身の力を込めました。親に、合わせる顔がない顔、面と向かえる顔もない、また、なぜ学校に行かないのか訊かれても、説明できる言葉を、自分は持っていませんでした。
 そして、母がしょんぼりした影で、また階段を下りて行くのを見て、ホッとするのでした。胸は、いっぱいになっていましたが…

 食生活は、顔を合わせたくない私の気持ちを、母も察してか、チャーハンとか、残り物のおかずが、戸棚、冷蔵庫に入っていて、私は茶の間に誰もいない時、どろぼうのようにそれらを、自分の部屋に持って行って食べました。

 こうして何日も学校を休んでいると、学級担任の先生が、家庭訪問にやって来るようになります。ピンポンチャイムが鳴ると、私は二階の自室の、カーテンへ飛んで行き、隙間から玄関先を見下ろします。先生だと分かると、忍び足で階段を下り、母が玄関で応対に出ている隙に、誰もいない部屋を抜け、勝手口の土間から裸足で裏庭に出て、隣りの家と私の家の、低い塀と塀の間に隠れました。

「サトシー!サトシー!」と、家の中から、母の呼ぶ声が聞こえてきて、その声が次第に涙声に変わっていき、私を見つけることができず、「すみません、すみません」と謝る声が聞こえて、先生が帰って行きます。
 それを耳で確認してから、私はのろのろ、家の中へ入って行きます。母は、驚くと、「どうして、お前は、どうして」と言いながら、激しく、涙を流しました。祖母が、寄り添うように、母の背中をさすっていました。瞬間、私は、自分の身体、全身から、血の気が引いて、自分はニンゲンじゃない、アクマだ、と思いました。
 そう実感すると、目の前で泣き崩れている母に対して、不感症のようになれて、堂々とすることが、できる気がしました。
 母と祖母の横を、ゆっくり歩いて、階段を上り、部屋に戻ります。人間でなくなると、もう、苦しまなくて、済むんだなあ、と、思いました。
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