第10話 毒

文字数 2,287文字

「あのさ、レオ」
君は半人半馬(ケンタウロス)の像を眺めながら呟いた。
「ん?」
レオは歩みを止めると振り返る。

君は像から目を離し、レオに移す。
「さっき、あのオラクル、泉に剣を何度か入れてみるとか何とか言ってなかった?」
レオはそれを聞くと、そういえばと頷いた。
「何が起きるかは僕も教えてもらってないんだ」
「うん、せっかくだしやってみない?」
君がそう言うと、彼は目を伏せて考え込むような素振りを取った。

「何が起きるかわからないんだよ?最悪の場合、剣が錆びたり、そういう事が起きるかもしれない」
是非(ぜひ)、やってみよう」
君はフンと鼻息を出した。彼は困ったような顔で笑う。
「君ならそう言うと思ってたよ」
君はそれを聞くと、喜びからガッツポーズを取る。

「僕も出来るだけ協力するよ。えっと、この近くの泉は…」
レオと君の目が、先程のオラクルが居た部屋に注がれる。
「戻ろう」
「戻ろうか」

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君たちはもう一度、あのドアを開ける。
「また来たよ、オラクルさん!」
オラクルは立て続けの来客に驚いたようだったが、君とレオを見ると、心底嫌そうな顔をして頭を抱えた。
「また汝らか…文無しに用は無いぞ」
彼女はそう言うとシッシッと手を払った。

「ここの泉を使っても良いかな?」
レオはそう言って4つある泉のうちの一つを指差した。オラクルはそれを聞くと、はぁと息を吐いた。
「…なんだ、水が飲みたいのか?構わん、勝手にせい。だが、妾の邪魔はするなよ」
彼女はそう言って水晶玉を取り出すと、それに目を向けた。

君はそれを聞くと、レオと目を合わせてうなずきあい、柄からシュッと直剣を取り出した。そして、それをゆっくりと、透き通った泉の水の水面へと近づける。剣の先が水に触れ、そのまま君は柄の根元ギリギリまで沈めた。少し待つが、何が起きるわけでもなかった。

バシャリと音を立てて、剣を水から引き上げる。するとどうだろう、剣が()びてしまったではないか。
「言わんこっちゃない」
レオは肩をすくめた。
君は剣を眺める。銀色に輝いていた剣は、所々茶色い斑点ができ、輝きを失っていた。

「…もう一回」
君はふてくされた顔をしてそう言うと、今度は剣を隣の泉につけようとする。何か起きるはずなのだ。起きるまでやらなくては気がすまない。
オラクルは水晶玉から目を離すと、なかなか居なくならない君たちを迷惑そうに見た。
「水は十分飲んだだろうに、もう行け…って、汝ら、何をしておる!」
彼女は机を叩いて立ち上がった。君は手を止めると、
「使っていいって言われたから」
と返した。オラクルは頭を抱える。

「確かに好きにして良いと言ったのは妾だ…。だが、何をしておるか位は妾にも知る権利があるだろう」
「オラクルさんが教えてくれたことだよ」
レオはそう言って君の剣を指差す。それを聞くと、オラクルの顔が青ざめた。
「汝ら、まさか、湖の精を探しておるのか?はぁ…、もう妾は知らぬからな!」
彼女はそう言ってぷいっとそっぽを向くと、また水晶玉に集中し始めた。

「やっぱり、ここらへんでやめておいたほうが」
レオは心配そうに君を見る。君は首を左右に振った。
「剣が錆びちゃったんだよ。湖の精ってのを見つけるまでやらないと損」
そう言って今度は勢いよく剣を泉に突っ込んだ。するとどうだろう、透明だった水が段々と(にご)り、底の方からブクブクと泡が浮かび上がってくるではないか。
君は身を乗り出して水面を覗いた。

シュルシュルという、なんとも不快な音が君の耳に微かに聞こえてきたと思うと、それは次第に大きくなり、ついには君を包み込むようにうるさく鳴り響いた。

汚く濁った水面が揺れたと思うと、大量の蛇が水が流れるかのごとく溢れ出してくるではないか!

「ヌママムシヘビだ!噛まれると毒で死ぬぞ!」
レオが叫ぶ。
「死っ…」
君は慌てて足元の蛇を払いのけ、後ろに飛ぶ。
君たちは背中合わせで立つ。
「言っとくけど、僕近距離苦手だからね」
レオはそう言うや否や、エルフの短剣を取り出し、噛もうと近づいてきた蛇の頭を切り落とす。君も錆びてしまった直剣を、狭いスペースで器用に使いこなしヘビを切っていく。が。
「数が多すぎる…!」
君は、切っても切っても湧いてくるヘビに嫌気がさしてきていた。それに、段々と切るのが追いつかなくなってきていた。君たちは壁に追い詰められてゆく。

蛇たちはシャーっと牙を向くと、一斉に君たちに襲いかかってきた!
君は慌てて盾を前に出す。が、この小さな盾で守れるのはせいぜい腕くらいだろうか。
レオの言葉が頭をよぎる。
―噛まれると毒で死ぬぞ―
蛇たちはもう君を噛もうと目の前まで来ていた。
君はギュッと目を(つむ)った。

が、君の体に蛇の歯形がつくことはなかった。

君は恐る恐る目を開ける。
君が見たのは、レオが君の前に立ち、大量の蛇たちに噛まれているところであった。

「レオ!!」
君はそう叫ぶと、レオに噛み付いている蛇たちを慌てて切っていく。
だが、切っても切ってもまた別の蛇が彼に噛み付くのだ。蛇たちは身体をうねらせて毒を惜しみなくレオに入れてゆく。
どれくらいの時が立ったのだろう。数秒か、はたまた数分だったのか。君にはすごく長く感じられた。蛇を切って切って切って。

やっと君がすべての蛇を切り終えると、かろうじて立っていたレオは膝から崩れ落ちて倒れた。
君は剣を投げ捨てレオに駆け寄り、彼の肩を持つ。
「レオ!レオ!」

レオの腕は、足は、首は、蛇の歯型だらけであった。その痛々しい傷跡からはたらたらと真っ赤な血が流れ出ていた。

彼は、目を閉じた。
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登場人物紹介

エイミー、主人公、ヴァルキリーの少女。

レオ、エルフ。エイミーの仲間。顔が良い

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