第16話 海

文字数 3,043文字

レオという強力な仲間が一人増えたことで、君のダンジョン攻略はスイスイと進んだ。
あの動物園の後は集団で襲われると言うことはあまりなく、単体のモンスターであれば君たち二人で余裕で倒すことが出来た。

レオはトラップに敏感であった。落とし穴や地雷(マイン)などに気づき、それを避けて通った。
なら、なぜあの時ベアトラップに捕まっていたのか…。彼(いわ)く、考え事をしていたらしい。

君たちのレベルも順調に上がっていき、気づけば君が13、レオは12までになっていた。

そして、君たちは、22層にたどり着いた時に、異変を感じたのである。



階段を降りると、潮風が君たちの髪を優しく揺らした。

いつも見慣れた石壁はなく、代わりに開放感のある平地が広がっていた。
この層は殆どが水で覆われており、大きな陸といえば今君たちが立っているところと、真ん中にある島であろう。
真ん中の島には建物があるが、その中まではここからは見えなかった。

「ここから先に進むにはまず、あそこの真ん中の島に行く必要がありそうだね」
レオはそう言って水を覗き込む。
「結構深い。歩いて行くのはまず無理だ」
うーん。君は考える。歩くのが無理なら…
「泳ぐ?」
君がそう言うとレオは首を振った。
「荷物が全部水に濡れてしまっても良いなら楽なんだけど。それに、泳ぐなら鎧は置いていく事になりそうだ」
それは困る!君は頭を抱え、レオに習って水を覗き込む。

その時。

「?!」
何者かが君の右足首を掴んだ!君は急いでそれを振り払おうとするが、それはすごい速さで右足を水の中に引きずり込もうと君を引っ張った。
「レオ!」
君はやっとのことでそう叫んだ。彼ははっとして振り返ると、直ぐに君の手を掴み、必死に引っ張り返した。が、レオも君もろとも水の中へとじわじわと引きずられていく。君はもう膝まで水に浸かっていた。
「このっ!」
君はかろうじて自由な左足で、右足にくっついた何かを思い切り蹴っ飛ばした。それは一瞬怯んだようにも見えたが、君をまだ離してはいない。
「離せ!」
君はそう叫ぶと、もう一度左足でそれを蹴った。すると、ほんの一瞬の間、君の足首を握る力が緩まった。
「レオ、今!」
レオは踏ん張りの声を上げながら、力いっぱい君を引っ張った。それは慌てて君をまた掴もうと試みたようだが、レオの方が一足早かった。

君は陸に投げ出される。
レオはその衝撃で後ろに思いっきり尻もちを付いた。

君とレオはそのまま慌てて水面から離れると、二人で顔を見合わせた。
君の鉄の靴は錆びてしまい、右足の方にはくっきりと何者かの歯型が付いていた。

レオはゆっくりと立ち上がると、先程君が引きずり込まれそうになったところの近くまで行き、水面下で何かがうごめくのを見た。
彼は矢を番え、弓の弦を引くと、しっかりと狙いを定めて、放った。

矢は見事にそれに命中した。それはレオの矢が刺さると体をねじって暴れた。青かった水がそれの周りだけ次第に赤く染まってゆく。
「それ、もう一発」
レオはそう言うともう一度矢を放った。それは初めは痛みからかビシャビシャと水しぶきを上げて暴れていたが、次第に動かなくなった。

「どれどれ、正体を見せてもらおうじゃないか」
彼はそう言って、靴を脱ぐと、足首まで水に浸かり、その死体を引き上げようと試みる。
「ぐお、お、重い…」
「代わるよ」
君はそう言って立ち上がると、錆びた靴を外し、荷物を置いてそこまで行った。

「こ、これは…」
君は息を飲む。それは君が今見えているところまででも2mはあった。ヌメヌメとした、長いそれは、巨大ウナギであった。
「こんなのに足掴まれてたの…」
「今夜はごちそうだな」
レオはそう言ってじゅるりとよだれをすすった。

「エイミー、早く水から引き上げよう。他の飢えたウナギ共が血に誘われて来るかもしれない」
「そうだね」
君はそう言ってウナギの頭を肘で抱えるようにして掴む。
「んぐぐぐぐぐ!」
力の籠手のおかげもあって、なんとか君は巨大ウナギの死体を陸まで引き上げることが出来た。

レオは陸に座って、君を信じられないという目で見ながら、それをどう調理しようかと考えを巡らせていた。
ウナギが濡れていたのもあって、鉄製の力の籠手は少し錆びてしまった。
「そのまま君のエクスカリバーで食べやすい大きさに刻んでくれ」
君は何もしていないレオに冷たい視線を投げかけるが、ため息をつくと、君の剣を手にとった。


「つ、疲れた…」
1/3ほどまで刻み終えると、君は床に倒れこみ、そのまま仰向けになって天井を眺めた。あれだけデカイのである。君が切った分だけでも二人で食べるには十分すぎる量であった。
他の層と変わらない天井は、水の反射を受けて輝いて見えた。

「私、聞いたことがある」
「何を?」
君がそう言うと、レオは鍋から視線を移さず答えた。
「遠い国には、海っていうのがあって。海は塩水で出来てて、お日様に当たりながら海で泳ぐんだって…」
「僕は海なんてのは聞いたこと無いけど、水だらけの層があるっていう噂は耳にしたことがあるような」
レオは料理の手を止めずにそういった。

君は小さい頃海の話を聞いた時、上手く想像が出来なかったことを思い出す。君の故郷は雪国で、外の水に浸かるなど死も同然であったから、当然だろう。だか確かに、この程よい暖かさであれば、泳ぐ人がいるというのも納得である…。
塩水?
塩って、あの、超高級品?
君は巨大ウナギを警戒しながら水に近づき、それを一滴手に取ると、ぺろりと舐めた。
「塩っぱい!!」
君は歓声を上げる。
村で塩は高級品であった。君が一瓶持っていたのは、他国から来た客が昔祖父に送ったものだという。
「ちょっと今集中してるんだ、静かに遊んでくれ」
レオは呆れるようにそう言った。

「塩水を塩だけにするには…。そうだ」
君はレオなどお構いなしに、何故か持っていた自分用のポットに塩水をたっぷりと入れると、火にかけた。
カバンから、もう残り少なくなった塩コショウの瓶を取り出す。胡椒はもう手に入らないだろうが、塩だけでもあれば安心である。

水が全部沸騰し、君の塩が出来上がったのは、レオが調理を終えた少し後であった。
「これ見てくれ!傑作だよ」
彼はそう言うと、手作りだと思われる木の皿に丁寧にそれを盛り付けた。
君は思わず歓声を上げる。
「柔らかく煮込んで、トマト缶とほうれん草の缶を使って見た目を美しく。香り付けにはユーカリの葉を、オリーブ缶も使ってるんだ。時間を掛けたから旨味が出てて最高に美味しいと思うね!」
彼はそう言うと、胸を張った。
「でも、後少しなにかが足りないんだ」
「それなら」
君はレオに塩を手渡す。彼はそれを見ると、「あの時の!」と言いながら料理にふりかけ、よし、と短く言った。

「もう待てない、食べても良い?」
レオが頷いたのを確認すると、君は木製の箸でウナギの切り身を持ち上げた。湯気がホカホカと立ち込め、それと一緒に美味しそうな匂いが漂ってくる。口に入れるやいなや、それはホロホロととろけた。
「美味しい!!」
君がそう叫ぶと、レオは良かったと笑った。そして、
「まさかこれがあの世にも恐ろしい巨大ウナギだとは誰も思わないだろうね」
とも付け加えた。

一通り食べ終えると、君はレオが真剣な眼差しでジッと床を見つめているのに気がついた。
「どうしたの」
君が聞くと、レオは顔を上げた。
「考えてたんだ。僕、さっき水だらけの層があるって聞いたことがあるって言ったよね?」

彼はここで言葉を切った。君は何も言わずに彼を見る。

「この層には、とんでもない奴が居るかも知れない」

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登場人物紹介

エイミー、主人公、ヴァルキリーの少女。

レオ、エルフ。エイミーの仲間。顔が良い

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