第19話 青年

文字数 2,245文字

その青年は一度翼を大きく羽ばたかせた。すると、辺りを取り巻いていた霧が一気に晴れる。

「あ、悪魔…」
レオはその姿をはっきりと見て息を呑んだ。昔、まだ6層の拠点にいた時、悪魔を見て逃げ帰ってきたという仲間の話を聞いたことがあった。大きな漆黒の翼、動物の角、そしてその真っ赤な目。
華奢な見た目とは反対に、大量の魔力を感じてレオは怖気づく。はっきり言って、君とレオが本気で戦っても指一本で片付けられてしまうだろう。レオの膝が恐怖で震える。

…このまま、一人で逃げてしまおうか。

その時、レオの目がその悪魔の前にヘタリと座り込んでいる少女に止まった。
レオは無理やり震えを止めると、一気に矢を3本放った。
「逃げろ!!」
レオは君にそう叫んだ。

悪魔はエイミーを見たまま、レオの矢を三本とも片手で掴んで止め、ボキリとそれを折った。
「嘘だろ…」
悪魔は粉々になった矢をパラパラと床に落とすと、はあ、とため息を付いた。
「短い人生であった。まだ生まれてから2日も経っていないではないか。我はここで永遠の眠りにつくであろう…」
彼はそう言うと、がっくりと肩を落とした。

「ヘビすけ、なの…?」
君は弱々しい声で聞く。
「我を呼んだか、ママ殿」
彼は君を見下ろした。
「危険だ、近づくでない。トラップに巻き込まれて貴殿まで死んでしまうぞ」
「ヘビすけ!!」
君はそう言って彼に抱きつく。その優しい顔は君にはヘビすけのように見えた。

「待て、ママ殿、いつからこんなに小さくなってしまったのだ?我が大きくなったのか?そういえば、トラップの罠はまだ発動していないのか?」
悪魔はそう言って自分の手に目をやった。そして足、羽。
「我はどうなってしまったのか…」
やはり、ヘビすけである。君は根拠もなくそう確信した。君はヘビすけが生きていたという事実が嬉しくて、また泣き出す。

「まさか、変身(ポリモルフ)の罠だったとはね」
レオはまだ警戒しながら、ゆっくりと元ヘビすけらしき悪魔に近づいた。
「もしお前が本当にヘビすけなら、罠で悪魔に変身したってわけだよ」
レオはそう言って、君の肩を持つと、彼から距離を取り、厳しい視線を向けた。

その時だった。向こうから音がしたと思うと、部屋の開け放たれたドアからグネグネと大きなミミズが顔を覗かせ、そのおぞましいほどの牙の付いた口を大きく開いた。
悪魔はそれを見ると、ニヤリと怪しく微笑んだ。
「試してみるか」



「エイミー、おい!」
レオは君を部屋の隅に寝かし、そう言うが、君の頭は何故かほわほわしていてあまり内容が入ってこなかった。
「しっかりしろ!」
レオは君の頬を軽くペチと叩く。君からはなんの反応もない。
「近くでトラップに触れすぎた悪影響か」
レオは頭を抱えた。どうするべきか。

元へビスケに目をやると、天井に突き出した右手に何やら強大な魔力が集まっていた。ミミズはそんな事気にせずに突進してくる。
「おい!!」
レオは叫ぶ。
「このままだとお前のママも巻き込んじゃうぞ!!」

ヘビすけはレオを一瞥すると、それもそうだな、と、短い呪文を唱えた。
レオは君に覆いかぶさるようにして目を閉じた。なんの魔法をかけた?!
ぶおん、と音がして、レオが目を開くと、なにかドームのようなものが君たちを覆いかぶさっていた。バリアだ。

レオはカバンから治癒(ヒーリング)のポーションを取り出し、君に飲ませた。君の頭が段々とはっきりしてくる。レオは君が起き上がったのを確認すると、ヘビすけに目を向けた。

ヘビすけは何やらブツブツと呪文を唱えていたが、急にカッと目を見開き、叫んだ。

大炎球(ファイヤーボール)!」

物凄い衝撃音とともに、辺りがばっと明るくなった。ヘビすけの手の上に、大きな炎の球が形をなした。
彼が少し手を前に振ると、それは凄いスピードで飛び出し、巨大ミミズに直撃した。それはミミズだけでなく、部屋のドアすらをも突き破り、次の部屋まで貫通した。バリア越しでもそのおぞましいほどの魔力と熱気が伝わってくる。砂埃が辺りを包む。それが通った後の床は焦げて黒くなっている。

「凄い…」
君は感嘆の声を上げた。レオの顔は引きつって、青ざめて見えた。

「ふむ、少し疲れたな。」
ヘビすけはそう言うと、指をパチっと鳴らした。すると、砂埃が一気に晴れる。
「ママ殿は無事か」
「ヘビすけ、凄い」
君は手を叩く。すると、ヘビすけは恥ずかしそうに下を向いた。
「これで我もやっと、ママ殿の役に立てるだろうか」
そう言って、ヘビすけはバリアを解除し、君の前に跪いた。
「我はナルフィシュネという種類の悪魔、元コブラである。名を、ヘビすけと申す。貴殿は我を卵から育ててくださった。一生の忠誠をここに」
彼はそう言うと、君の手を取り、そっとキスをした。レオはそれを見ると、彼の手を振り払って君の手をギュッと握った。

「流石に、ヘビすけって名前は変えた方がいいか」
君はそう言って考える。
「ナルフィシュネだから、ナルフ」
ヘビすけ、改めナルフはそれを聞くと、(こうべ)を垂れた。
「その名、()(がた)く受け取ろう。我は今日からナルフィシュネのナルフ」

「…君のネームセンスは本当に終わってるね」
レオはそう言って頭を抱えた。ヘビすけといい、ナルフといい、酷すぎる。
「じゃあなんか他に良い名前ある?」
レオは黙ってしまった。そう言われると困る。

「パパ殿、ナルフという名が不満であるか?」
ナルフはそう言って顔を上げた。
「パパだって?僕がパパでエイミーがママなのか?」
レオはそう言って飛び上がったが、直ぐに首を左右に振った。
「ジェームズに殺されるぞ…」

そして、君たちに一人、仲間が加わった。
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登場人物紹介

エイミー、主人公、ヴァルキリーの少女。

レオ、エルフ。エイミーの仲間。顔が良い

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