第9話 デルフォイ

文字数 2,779文字

「これは…」

レオが息を呑む。君は感嘆(かんたん)の声を上げた。

そこは他より少し広いただの部屋なのだが、その壁に沿って何体もの半人半馬(ケンタウルス)の像が綺麗に並べられていた。それらは全部表情やポーズが違っていて、とても迫力があり、美しくもあった。この広い部屋の真ん中には小さな部屋があった。
「部屋の中に部屋があるなんて初めて見たよ」
レオはそう言って小さな部屋へ近づいていった。
「ここから入れる」

君は慌ててレオの後に続いた。すると確かに、そこには綺麗に装飾されたドアがあるではないか。
君はコンコン、とドアをノックする。
「入られよ」
中からくぐもった声が聞こえてきて君はレオと顔を見合わせた。まさか返事があるとは思っていなかったからである。君はゆっくりとドアを開けた。

ドアが揺れるとチリリンと音がして、君は中央に座っているきれいな女性と目があった。
「デルフォイへよくぞ参られた」
彼女は君を見たままそう言った。中の部屋は小さく、涼しかった。彼女の周りには4つの噴水が水を吹き出しており、その冷たい飛沫(しぶき)が少し君の手にかかった。彼女の長い漆黒の髪は綺麗に結ってあり、頭には小さな宝石のようなものが散りばめられていた。その黒い鋭い目は、全てもを見透かすかのように君を見ていた。

「あの、ここは?」
君がそう話しかけると、それを(さえぎ)るように彼女はこういった。
「汝は小神託(しんたく)を受けるか? それとも大神託を受けるか?」
君は戸惑う。何も言えずに黙ってしまう。

「汝は小神託を受けるか? それとも大神託を受けるか?」
これは、選ばなければ行けないのか?君は慌てて、小さい方で、と言ってみた。
「50ゾクミズ」
そう言って彼女は手を差し出してくる。金取られるのか...。

君は渋々お金を出そうとカバンを下ろした。すると、後ろで黙っていたレオがそれを手で制した。
「お願いしてみよう」
彼はそう言って君にだけ分かるようにウインクすると、頭のフードを勢いよく取った。

彼の銀髪が揺れ、美しい紫色の瞳が光に照らされて輝いた。噴水のエフェクトが追加され、彼の整った顔が更に輝いて見えた。
すると、先程まで図々しく金を請求してきた女性は、頬を赤くして固まっていた。

「僕たち今、凄い金欠で困ってるんです。優くて美しいおねえさん、僕たちを助けてくれませんか?」
レオはそう言うと彼女の前に膝を付いて、その手を優しく取った。

「…な、汝には特別、30ゾクミズで」
彼女はその大人っぽい見た目とは反対に、上ずった高く小さな声でそう呟いた。
「ありがとう!」
レオはそう言うと彼女の手をぱっと離し、立ち上がると、ポケットから30ゾクミズを出した。

女性はそれを受け取ると、一度咳払いをして姿勢を正した。
「では、このオラクルが、汝らに小神託を授けよう」
彼女はここで言葉を切って、こう続けた。

「湖の精は今はどこかの泉に住んでいると言われている」

君は次の言葉を待つが、それっきり彼女は喋らなくなってしまった。

「あのぉ...」
「汝は小神託を受けるか? それとも大神託を受けるか?」
君が話しかけるが、帰ってきたのは先ほどと同じフレーズだった。君はため息をつく。30ゾクミズ払ってこの不確かな情報しかもらえないのであれば十分ぼったくりである。

「オラクルさんって言うんだね。もう少しだけ、詳しく教えてくれないかな?この通り!」
彼はそう言ってキラキラとした目で彼女を見つめた。彼女は耳まで顔を真っ赤にしたが、ぐぐぐ、と目を閉じて、
「こ、これ以上は、言えない…」
と言った。

「じゃあ、僕と君だけの秘密って事で、どうかな?」
これには彼女も耐えられないようであった。仮に君が彼女の立場に居たらもうとっくに失神しているかもしれない。
彼女はレオにだけ聞こえるように、彼の耳元で何やら(つぶや)いた。レオはそれを聞き終えると、
「泉に剣を何度か入れてみれば良いんだね?ありがとう!」
と、わざとらしく君にも聞こえるように繰り返した。

「お、おい!(わらわ)と汝だけの秘密にすると!」
オラクルは泣きそうな顔でそう叫んだ。
「そうだった…」
レオはテヘッと舌を出して謝った。これで許されるのか?顔が良いとここまで待遇されるとは…。君は尊敬の眼差しで彼を見つめた。彼は君の視線に気づくとヘヘンとドヤ顔をしてみせた。

「今度は大信託をお願いしてもいいかな?オラクルさん」
「1300ゾクミズだ」
彼女はそう言って手を差し出した。レオは泣きそうな顔をして彼女を見つめた。初めは彼女も無視をしようと努めたようだが、そんなにしないうちに折れた。
「…1000だ!これ以上は安くせんぞ、このエルフ!」
「分かった。その代わり、大信託の中で一番価値のあるやつでお願いするよ」
オラクルは耳まで真っ赤にしたままため息を付いた。
「では、ゆくぞ」

彼女はそう言うと、まだ震えた、だが美しい声で静かに歌を口ずさみ始めた。
「ゲヘナの奥深く、地面の振動する場所からモロクの聖地に入ることができると言われている。汝は三種の魔法の道具の助けが必要だろう。銀のベルの純粋なる音が汝に告げ,モーロックの本より読まれし恐しきルーンは地を力強く揺らさん。祝福されし燭台(しょくだい)の光が汝に道を示すだろう」
美しい歌だった。歌詞は耳に入ってきたものの、君には意味がさっぱりわからなかった。ゲヘナ?モロクの聖地?わからないことだらけだ。レオにチラと目をやるが、彼も分かっていないようだ。君は、忘れないうちに歌の内容をノートに書き写した。

オラクルは君たちの様子に気づくと、慌てて付け足した。
「これに関してはこれ以上の情報はあげられんぞ!大信託の中で一番重要なのを話したのだ、これで勘弁してくれ…」
「わかったよ、ありがとう」
彼はそう言うと優しげに微笑んだ。オラクルはレオの笑顔を見ると、ぶしゅうと鼻血を出してしまった。レオは慌てて彼女にタオルを手渡す。

レオは自分のポケットを確認すると、逆さまにして、お金を全部出し切った。
「あと900ゾクミズしか無いんだ、これでもう一回大信託をお願いしてもいいかな?」
オラクルはハンカチで鼻を抑えながら、お金を受け取り、ため息をつくと、嫌々口を開いた。
「恐ろしいメデューサを出抜けんと思いし冒険者よ。最善のアドバイスを贈ろう。汝の目を目隠しで覆い、メデューサの姿を写す鏡を見つけることだ」

君はそれを素早くメモした。彼女はこれを素早く言い切ると、顔を真っ赤にして立ち上がると、こう叫んだ。
「さあ、行け!もうこんな客、滅法御免(めっぽうごめん)だぞ!」
「ありがとう、助かったよ!」
レオはそう言って部屋を後にした。君も一例すると、そそくさと部屋を去った。

「まけてもらえて良かったね」
部屋を出るとレオはそう言って、君を見た。
「でもあのオラクルさん、ちょっと髪型ダサかったよね」
「お願いだから彼女の前でそれ言わないでよ」
君がそういうと、レオは何故駄目なのか分からないとでも言うように首を傾げた。
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登場人物紹介

エイミー、主人公、ヴァルキリーの少女。

レオ、エルフ。エイミーの仲間。顔が良い

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