第33話 客

文字数 3,321文字

君は、それと対峙していた。
その男は背が高く、フードを深くかぶっていた。
その深いフードからは鋭く光る眼が覗き、君を見透かしているかのようにギラリと怪しく光った。

君は先程から動けないままであった。この男から放たれる膨大な魔力と殺気に君は息が吸えなかった。
「ちょっと〜、俺の挨拶を無視って、失礼じゃないかなぁ?そう思わないのかなぁ!」
男はそう言ってチッと舌を鳴らすと、君の顔をのぞき込んだ。
「あ、そっかぁ。俺が動けないようにしてたんだった〜」

男はそう言って指をパチンと鳴らす。その瞬間君を取り押さえていた何かの糸がぷつりと切れたかのように君は開放された。床にガクリと膝をつき、ゴホゴホと咳をする。
男は君を見下すと、ケケケッと笑った。
「あれぇ?久しぶりにヴァルキリーが来るって聞いてたからこの前みたいに楽しませてもらえると思ったんだけどなぁ」
君はレオが矢を構えているのを見た。男にそれを悟られないようにと、顔を上げた。
「あなた、何者」
「俺?俺は唯のデミリッチだよ〜。あ、名前を聞いてたぁ?う〜んとねぇ、まあジグマスとでも呼んで〜」
デミリッチ!!君はその言葉を聞いて固まった。アンデッドの中でも最強と言われるリッチの進化版である。魔法は勿論、その高い回復能力は最強と言う名が相応しいであろう。
ジグマスは君の反応をみて満足気にケケケッと笑った。

が、次の瞬間、彼の手が目にも留まらぬ速さで動き、何かを止めた。風が君の髪を揺らす。
「話してるときにさぁ、邪魔してくるのやめてくれないかなぁ」
彼の手には、銀色の6本の矢が握られていた。レオの正確で音一つ無い射撃を6本とも一気に受けるとは!!信じられない。冷や汗が君の体を掛ける。
「で、冒険者さん。俺に聞いておいて自分は名乗らないって、礼儀がなってないんじゃないかなぁ?」
君はガクガクと震える膝を押さえて立ち上がった。
「私は、エイミー。これで満足?」
ジグマスはその名前を聞くと高い声で笑い出した。
「聞いたことあるねぇ、聞いたことあるねぇ、その名前!!!この前来たヴァルキリーが言ってたんだよ〜、やっぱり君の事だったのか!!」
彼はここで言葉を切った。
「じゃあ、ちょっと遊ぼうよ〜。ルールは、そうだねぇ、3対1だ。勿論君たちが3だよ〜。僕は君たちを拘束する魔法は使わないし、他の奴らは手出し出来ないようにっと」
彼はそう言うと周りに残っていたモンスターたちを右手を軽く振る素振りをしただけで全員殺してしまった。
「先に死んだほうが負けね〜」
彼はそう言うと君に歩み寄って、手を突き出した。
「ドレインライフ」
「がぁっ!!!」
君は膝から崩れ落ちる。魔法の詠唱が続き、君の生気がどんどん失われていく!!
「僕の事も忘れてないよね!」
レオがそう叫ぶと、何十本もの矢がジグマスに向かってヒュンヒュンと雨のように飛んでいく。これにはジグマスも一度魔法を止めなければならなかった。君はドレインライフから開放されて床に手をつく。
「鬱陶しいなぁ君」
ジグマスはそう言ってレオを一睨みすると、今度は彼に向けて手を突き出した。
「させない」
君はそう言って彼の手を切断するように必死に剣を振るった。が、うまく力が出ず、簡単に避けられてしまった。
レオは音もなくジグマスの背後に着地すると、その短剣を彼の脇腹に突き出した。
が、彼はもうそこにはおらず、別の場所に瞬間移動していた。
「デミリッチの呪いを受けてみてよ〜」
彼がそういうと、君の周りにどす黒い靄が漂った。
「ぐっ…」
体が石の様に重たくなって君は一瞬うろたえる。
「なんかさぁ、やるなら本気でかかってきてくれないかなぁ。あの悪魔は何をやってるのかなぁ?」
ジグマスはそう言ってナルフを指差した。彼は床に片膝を付いて頭をがくんと垂れていた。魔力が切れたまま、動けないらしい。
「まずはお前からかなぁ〜」
ジグマスはそう言って凄い速さで君たちを通り抜けてナルフの方に走っていった。
「ナルフ、もうダウンかい!」
レオはそう叫んぶと、急いでカバンから赤い液体の入った瓶を取り出し、ナルフに投げた。
「落とすなよ!」
ナルフはそれを顔を上げること無く片手でキャッチした。彼はそのコルクをキュポンと抜くと、ゴクリと中身を飲み干した。
「レオ殿、これは何だ?力が漲《みなぎ》る」
ナルフはすっくと立ち上がると、目の前まで迫ってきているジグマスを一瞥した。
「我の前に立って良いのはママ殿とレオ殿だけであるが?」
ナルフはそう言って彼の攻撃をスラリと躱した。
「我に二度も同じものを見せるな。ドレインライフはもう見飽きたぞ」
彼はそう言うと翼をバサリと羽ばたかせて天井ギリギリまで飛び上がった。
ナルフが短く魔法を唱えると、上空から氷の柱が何本も出現した。
「ホントに良いのかなぁ、このままだと仲間も巻き込むとか思わないのかなぁ!」
ジグマスの言葉はナルフには届かないようであった。
「凍れ」
彼がそう呟くと、氷の柱は雨のようにジグマスに向かって降り注いだ。君とレオは身を寄せ合って部屋の角に寄ろうとするが、君たちには一発も攻撃は当たらなかった。それもそのはず、君たちの周りにバリアの様な薄い膜が覆っていた。
「我がママ殿とレオ殿を巻き込む訳が無いであろう」
君は走り出す。いくらジグマスでもあの量の氷はすべて避けきれなかったようだ。足が氷で固定されて動けなくなっていた。
君は正面から彼に斬りかかる。君の存在に気づいた彼は慌ててそれを避けるが、背後からのレオの矢までは避けきれずに彼の背に刺さる。
「私達を舐めすぎたね」
ナルフの方から飛んできた骨の悪魔が2体奇声を上げてジグマスに噛み付いた。彼はそれを無理やり引っぺり剥がすと、ガシッと体を掴んで骨をボキリと折った。
君は彼の首めがけて剣を振るった。レオも同時に毒矢を5本いっぺんに放つ。
「ケケケ、君たち、よく俺をここまで追い詰めたよね〜!俺も本気をだそうかなぁ」
ジグマスはそう言って氷漬けにされた自分の足を自身の手で切断すると、君とレオ両方の攻撃を避け、膝から下が無い足に手をかざすと短く魔法を唱えた。
「あれぇ、俺の足もう治っちゃったぁ!」
「回復もするのかよ…。典型的な悪役だな」
レオはそう言って表情を曇らせる。今までは本気では無かったというのか。
「大分俺を楽しませてくれたからねぇ。最後は楽に逝かせてあげるよ〜」
彼はそう言うとまたケケケッと笑って、手を突き出すと、魔法を唱え始めた。
ナルフはその詠唱を聞くと、雷に打たれたような顔をした。
「ママ殿、あれは死の魔法であるぞ!!」

死の魔法、それは高度なモンスターだけが使えるという幻の魔法。その魔法を食らってしまうと苦しむ間もなく即死する。
「そんな…」
君は手に持っていた剣を落としそうになる。そんなの、どうやって勝てば良いのだろうか?
やはり、ここが最後の場所になるのだろうか。レオやナルフには悪いことをした。自分に付いてきたばっかりに死ななければいけないのだから。君は目を閉じて天を仰いだ。
「短い人生だったけど、悔いはない…」
ペシン、と頬に痛みが走った。
「何言ってんだよ、君らしくもない」
レオが君を真っ直ぐに見つめていた。
「難しい魔法なんだろ?それなりに詠唱に時間がかかるはずだよ。その間に倒せば良いじゃないか!」
レオはそういうやいなや走り出した。君も落ちた剣を拾い直し、ジグマスを睨む。
「もう遅いよぉ」
ジグマスはそう言ってニヤリと笑った。君はその怪しい笑みを見て、悪寒が走った。

ーレオを死なせるわけにはいかないー

君は走り出す。自分を絶望から救い出してくれた彼だけでも助けたかった。
君は走っているレオの手を引いて、自分が盾になるように彼をマントで包み込んだ。

「何やってんだよエイミー!そんな事したら君が死ぬぞ!」
レオは慌てて君を押し返そうとするが、彼は力では君には敵わない。君は優しくレオに微笑むと、彼をギュッと抱きしめた。

「ありがとう」


君のその声は、ジグマスの笑い声にかき消されてしまった。

「死ね」

彼がそう言うと、どす黒い漆黒の闇が辺りを包み込んだ。その闇に触れた生き物の命という命がシュワシュワと音を立てて消えていく。

どんどん近づいてくる闇に君は静かに目を閉じた。
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登場人物紹介

エイミー、主人公、ヴァルキリーの少女。

レオ、エルフ。エイミーの仲間。顔が良い

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