第21話 再び

文字数 3,214文字

君たちは16層に戻ってくる。そして、一度きたことのある、このポータルのある部屋に立った。君はごくりとつばを飲む。
君はレオとナルフとしっかりと手をつなぎ、ポータルを見つめる。経験は積んだ。レベルも上がった。心の準備もできていた。

よし、と覚悟を決めて、右足を一歩、前に出す。
ポータルに乗ると、前回と同じく、紫色の光が君を包み込んだ。足が床から離れるような、重力がなくなるような感覚が襲い、無意識に目を閉じてしまう。

冷たい空気が君の頬をに刺さり、君はゆっくりと目を開ける。あの氷の世界に戻ってきていた。
君の横にはナルフとレオも一緒だ。

「これは…」
ナルフは息を呑む。
「さささ寒い寒い凍る死ぬ」
レオはガチガチと歯を鳴らした。君は彼にマントをまた掛けてあげる。
「君、本当に寒くないのかい?僕なんて、ほら!まつ毛凍ってるよ!」
「レオ殿は寒がりであるな」
ナルフはハハハと笑って言った。
「強がるなよ、ナルフ!お前だって唇真っ青じゃないか!ホントは寒いんだろ?」
「はは、は、我が、そんな、寒いなど、このような事には…」
ナルフはそう言うが、よく見ると確かに、膝がガクガクと震えていた。
「ほーら見ろ、寒いんじゃないか」
レオはそう言ってフンと鼻を鳴らした。

「どうしよう、ナルフの分のマントはもう無い」
君はそう言ってカバンを探った。
「いや、ママ殿、必要ない、心配なさるな」
ナルフはそう言うと、自身の大きな翼を一度広げ、それを体の周りに巻きつけた。
「あっ、ずるい!ずるいぞナルフ!」
レオはズビッと鼻水をすするとナルフを指差して頬を膨らませた。
「ママ殿、寒くないか?我の翼に入るか?」
君は大丈夫、と言って首を振った。
「レオが寒そう、彼のこと入れてあげて、ナルフ」
「承知した」
ナルフはそう言ってレオを翼で一緒に包み込んだ。
「おい、離せよ!野郎の懐になんて入りたくな…」
レオはそこまで言うと言葉を切った。
「いや、フワフワだなこれ…寝れるよ…」
君はそれを見て笑顔で頷いた。


ナルフとレオの耳がピクッと動いた。
「ママ殿、レオ殿、なにか来るぞ!」
ナルフの緊張した声に、君は慌てて辺りを見渡す。

すると、君の目に、何十匹もの火蟻達が群れになって君達に向かって来ているのが見えた!
火蟻、ファイヤーアント。蟻と言ってもモンスター、50cm ほどの巨大蟻だ。その赤い3つに別れた体からは轟々と火柱が立ち込めている。その顎は強靭(きょうじん)で、噛まれたらひとたまりもないだろう。細い足にはギザギザののこぎりのようなものが付いているため、氷の上でもしっかりと立っている。その目は赤く鈍いひかりを発して、顎を一斉にカチカチと鳴らしながら近づいてきた。

「我に任せよ」
ナルフはレオを翼から出し、君たちの前に立つ。そして、右手を高く空に突き出した。彼の手のひらに、魔力がどんどんと溜まっていき、大きなボールのような形になった。
大炎球(ファイヤーボール)!」

彼がそう叫ぶと、彼の手から炎の球がすごいスピードで火蟻達に激突した。
周りの氷が水になり、水蒸気が辺りを覆う。

「やったか?」
レオは目を凝らす。
「いや、まだだ!」
蟻達は無傷であった。何も気にせずに君たちに段々と近づいてくる。
「なっ!」
ナルフは顔をこわばらせた。火蟻達はあっという間に君たちを囲うように佇んた。先程の冷たさとは反対に、熱い炎の熱がじわじわと伝わってくる。
「火蟻に火の攻撃は効かないってことだ」
レオはそう言うと弓を仕舞(しま)い短剣を手にする。
「これだけ暖かければ僕も戦えそうだね」
君も聖剣を抜き、構える。

「…すまない、ママ殿。」
ナルフはそう言って肩を落とした。が、直ぐに頭を上げると、またブツブツと魔法を詠唱し始めた。
その時、一匹の火蟻がナルフめがけて突進してくるではないか。
「魔法止めるなよ!」
レオはそう言うと、短剣で燃え盛るアリの足を切り落とした。すると、それは体勢を崩して氷の上に崩れ落ちると火が静かに消え、死体だけが残った。が、それは直ぐに後ろからやってくる蟻たちの足によってずたずたに踏まれ、見えなくなった。

「一匹単体なら弱いんだけどな」
レオは汗を拭う。その通りなのだ。一体の威力はそこまでではないが、恐ろしいのはその数と速さであった。こうしている間にも、彼らは仲間を呼び、あっという間に何倍もの数になっていた。

「はぁっ!」
君は声を上げると、剣を振りかざした。火蟻たちの身体を一気に切断する。蟻達の身体は崩れてボトッと氷の上に落ちた。君は、急激な熱さに身体が包み込まれるような感じを覚え、振り返る。火がマントに燃え移っていた!
「ぐぁあ!」
熱さが痛みに変わっていく。すこしよろめいたその瞬間にも火蟻たちはすごいスピードで攻撃を仕掛けようと襲ってきた。
が、襲われることは無かった。レオがその短剣を振り回し、一旦蟻達を君から遠ざける。

レオは素早くカバンから水を取り出すと、それを君の頭からかけた。君のマントの火はジュウと煙を出して消えた。が、怪我までは治らず、肌がズキズキと痛む。
「詠唱は終わったか、ナルフ!」
レオは火蟻達を睨んだまま叫んだ。
君はナルフに目をやった。すると、彼の周りに魔法陣が2つできており、それは青白い光を発してぐるぐると回っていた。

「いでよ、棘の悪魔(バーバドデビル)!」
彼がそう叫ぶと、2つの魔法陣は一層に光をました。そして、そこになんと悪魔が二人現れたではないか!
そいつらは緑色の身体に(とげ)を生やしていて、その顔は骨ばっており悪魔そのもので恐ろしかった。

「行け」
ナルフがそう短く叫ぶと、召喚された悪魔たちは一声奇声を上げると火蟻達に飛び込んでいった。
そして、その棘で火蟻達を刺し殺し、その尖った爪で彼らを引き裂いた。何十匹かの火蟻を倒すと、彼らは塵のように消えてしまった。

ナルフは膝をついた。彼の呼吸は荒かった。
「大丈夫?!」
君は叫ぶ。
「この程度、問題ない…。(ただ)、少し疲れたのだ」
「ここは僕たちに任せて、お坊ちゃまは休んでおくんだね」
レオはそう言って不敵に笑うと、短剣を振り回した。
「いや、我もまだ戦えるぞ」
ナルフはそう言って立ち上がると、その長い爪で目の前の蟻を切り裂いた。

君も剣を持ち直し、鋭い目つきで蟻たちを睨む。ここでくたばる訳にはいかなかった。
速く、もっと速く、蟻よりも速く。君は無我夢中で剣を振るった。
君の剣が彼らを切り裂いていく。ナルフのお陰でだいぶ数は減っていたが、それでも苦戦したことに代わりはないだろう。相棒と背中合わせに立ち、襲いかかってくる火蟻達を切る。


そして、君は蟻の大群を全滅させていた。

喜ぶ間もなく、疲労が一気に襲いかかってきた。両手を床に付き、火傷の痛みに顔をしかめる。レオもズドンと腰を下ろした。ナルフは床に膝をつく。

「はぁ、疲れたー」
レオはそう言うと、カバンから3本回復(ヒーリング)のポーションを取り出して、君たちに手渡した。
君はそれを一気に飲み干す。少しの間、しゅわしゅわと治っていく火傷の跡を静かに見つめていたが、急な空腹に気づく。

「…お腹すいた」
君がそう言うと、レオも頷いた。
「我は要らぬ。悪魔は食べないのだ」
と、ナルフは言った。

レオは目の前の火蟻の死体をガシッと掴むと、それを適当に千切って口に運んだ。
「あ、これ意外といけるぞ」
彼はそう言うと、君にも火蟻の死体を手渡した。
君もそれを(かじ)る。

その時だった。

冷たい冷気が体を駆け巡った。汗を掻いていたはずが寒気に変わり、体温が一気に下がる。
が、直ぐにその感覚は消えて無くなった。
「わっ?」
レオも一度身震いすると、熱さから脱ぎ捨てたマントを拾い直すと身体に巻いた。

こんなことは初めてだ。君は混乱する。まさか、毒?だが、その後は特に何も起きず、君とレオは顔を見合わせる。まあ、大丈夫だろう。
「どうなされた」
ナルフが君たちの様子を見てそう尋ねる。レオはなんでもないよ、と言ってまた食べかけの火蟻を手にとった。

君たちはたらふく食べると立ち上がった。
「よし、もっかいノーンさんに会いに行こう」
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登場人物紹介

エイミー、主人公、ヴァルキリーの少女。

レオ、エルフ。エイミーの仲間。顔が良い

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