第24話 追跡

文字数 2,763文字

君は自分の目を疑う。目の前に居たはずの卿が居ないのだ。

「エイミー、あそこだよ!」
レオがそう叫んだ。彼が指差す方を君は慌てて目で追う。あまり障害物のないこの場所では、巨人のサーター卿を見つけるのは安易だった。

サーター卿は上階段のある場所までテレポートで逃げ、そこで回復していた。
「ひ、卑怯...!」
慌てて後を追いかける。だが、君が階段に着くよりも先に、卿の姿が消える。
すごい衝撃音とともに、目の前に巨体が現れる。君は、後ろにジャンプして剣を構える。さっき確かに君が切ったはずの腹は、綺麗サッパリもとに戻っていた。
「フハハハ!もう治ったぞ!お前はどうだ?ボロボロじゃないか!諦めて、ここで死ね!妹よ!」
焦りが君を包んでいた。

「サーター卿ともあろうお方が逃げてちまちま回復ですか!僕にやられるのが怖いのかな?」
レオはそう叫ぶと鼻で笑った。

「うるさいうるさいうるさい!お前らは私に殺される運命なのだ!私は手段は選ばない。お前こそ、いつまでも逃げてるだけでは、儂は倒せんぞ!」
剣が降ってくる。君は勢いよく床を蹴り、それを(かわ)す。レオの挑発が効いたのか、先程よりも攻撃が少し荒くなったような気がする。しかし、君の体力も無限ではない。全回復した卿の攻撃を避けるのに精一杯だ。

レオはもう一度毒矢を放った。卿はそれに気づき、矢をとっさにかわそうと体勢を崩した。君はその一瞬の隙を突いた。君は高くジャンプして、卿の腕に刃を振るった。ぼとっ、という音とともに卿の左手が床に落ちる。

卿は怒りで顔を真っ赤にした。君はもう一度卿めがけて剣を振るが、それは空を切った。
またテレポートで逃げられたのだ!

急いで目を走らせる。いた。上階段の入り口で、左手を魔法でつなげ直している。この場所でやっつけようとしても、階段を登って上の階に逃げられるに違いない。これでは元の木阿弥だ。君は呼吸を整える。なにか、方法はないのか。

ふっ、と階段の上から卿が消える。その瞬間、目の前に炎の剣が迫っていった。君のエクスカリバーがそれを受ける。衝撃で地面が揺れていた。力ではかなわない君は、後ろに弾き飛ばされた。逆転する方法は――。

そして、思いつく。

君は、立ち上がった。攻撃のためではなく、上階段へ全速力で走るためである。君は、卿の横をすり抜けて、階段めがけて走った。

「...?」
攻撃されると思っていた卿は、顔をしかめ、頭をかしげた。が、すぐにすごいスピードで君を追いかけてくる。作戦通りだ。レオはすぐにそれを理解すると、屋根から飛び降りて別の高い場所を探した。

君の作戦は至ってシンプル。君が上り階段の場所に立つことで、卿がテレポートで逃げる先をふさぐというものだった。卿が付いてきてくれるのなら話は早い。攻撃を避けながら走るのは簡単ではなかったが、体が小さい君は卿より素早かった。卿は訝しげに君を見て、剣を振り下ろす。君は体を翻してそれを躱し、走る。彼は力が強く図体も大きいが、頭はそれほど良くないようだ。

上階段まで着くと、君は体を半回転させ、足でブレーキを掛ける。そして、階段の入口で仁王立ちになる。
「なっ...!」
卿の顔に焦りと驚きが浮かぶ。今更気づいてももう遅い。
君は再度卿を睨んだ。
「これでもう、逃げられない」
そう言って剣を構える。君の聖剣が鈍く光る。
「ふははは!いい度胸だ。それはお主も同じではないか?」
そう言って振り下ろされた剣を躱す。逃げられなくなったのは良いものの、攻撃の隙がない!
レオは矢を放つ。今度はそれは卿の首に命中した。卿は雄叫びを上げる。

その時、君の目に、床に膝をついて動けないでいるナルフの姿が目に入った。
「ナルフ!」
君は思わず叫ぶ。
「おい!集中しろ!」
レオがそう叫ぶ。

が、遅すぎた。

卿は君がナルフに気を取られているスキに剣を振るった。

まずい。

剣が君の目の前まで来ていた。このままでは、君は真っ二つになって死ぬ。もう避ける時間はない。死が、目の前まで来ていた。

目を閉じると、瞼の裏に眩しい笑顔を浮かべた赤毛の男の子が浮かんだ。
ごめん、戻ってくるっていう約束は、守れそうにないよ。
威厳のある、立派なひげの老人が君を心配そうに見ていた。
お祖父様、不甲斐ない孫でごめん。
そして、最後に黒髪の優しい目をした女性が君を真っ直ぐに見つめていた。

…ここまでか。
君は諦めた。目を開け、迫りくる炎の剣を、綺麗だな、なんて思いながら見る。時間がゆっくりと進んでいた。


その時だった。


「エルベレス!」


誰かが叫んだ声がした。
レオだろうか。
サーター卿の動きがピタリと止まった。

「おお、エルベレス!白き輝き、丘の宝石、栄光の星よ!死の影の下で嘆く我を、遥か遠い天国よりお助けあれ!我に慈悲を、永遠の白!」

レオはそう叫び終えると、ゲホゲホと咳をした。
途端、サーター卿の顔が恐怖で真っ青になる。
「お、お前、お前は、今、あのお方の名前を、仰ったのか」
卿はそう言ってドスンと膝をついた。

君は立ち上がった。剣を持ち直す。
「今だ!」
レオの言葉を後に、君は走り出す。エクスカリバーは君に答えるかのように輝きを増し、太陽の光のように君を照らした。
すると、君の横で、二人の氷悪魔がサーター卿に氷を吐いた。彼らはそれを最後に塵になって消えてしまった。
サーター卿は、足にまとわりついた氷を炎で溶かすと立ち上がった。
すかさずレオが毒矢を放つ。卿はそれを避けきれずに、太ももに刺さる。
卿は剣を振り下ろした。
「骨の悪魔よ!ママ殿を援護しろ!」
ナルフの声が君の耳に届いた。彼はもうひとり悪魔を召喚すると、それを君の元へ飛ばした。骨の悪魔は君の代わりに卿の攻撃を喰らい、粉々になって崩れた。
君は走り続ける。卿の首をめがけて。
そして、

レオが、矢を射った。
ナルフが、魔法を放った。
君が、高く跳んだ。

卿はその毒で弱った身体ではこれらを全て同時に避けることは出来なかった。
そして、君の刃が、卿の首を

刎ねた。









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あとがき
読んでくださりありがとうございます!!
レオがお話の途中、「おお、エルベレス!白き輝き、丘の宝石、栄光の星よ!死の影の下で嘆く我を、遥か遠い天国よりお助けあれ!我に慈悲を、永遠の白!」と言っております。これは、J・R・R・トールキン作の『Lord of the rings』の中に出てくるセリフを少し変えて翻訳したものになっています。
これからも頑張りますので応援よろしくお願いします!
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登場人物紹介

エイミー、主人公、ヴァルキリーの少女。

レオ、エルフ。エイミーの仲間。顔が良い

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