第15話 水晶玉

文字数 4,629文字

「お、重い…」

君は手に持ったカバンを下ろし、弱音を吐く。
君達は16層を降り、17層の探索も終え、休憩を取っていた。そして、十分に休んだので丁度出発をしようと立ち上がったところだったのだ。

「君が重いって言うなんて、相当だね」
レオはそう言って君のカバンを持ち上げようと試みるが、数センチ程度しか上がらなかった。

君は何でも拾ってしまうくせがある。いつか使うかもしれないと思うと、そこに置いておくのは気がひけるのだ。現に、君のガラクタが何故か役に立っていることが多々あるため、レオは目を瞑っていた。

「そろそろ君のカバンの整理をしようか…」
レオは君と違って、いらない物は直ぐに捨てたがる性分であった。彼のカバンには必要最低限のものしか入っておらず、整理されていた。君の家が綺麗だったのは、本当にジェームズのお陰であろう。彼は君が色々と物を溜め込むのを知っていて、時々様子を見に来て、片付けてくれていた。

君はため息をつく。片付けは嫌いだが、しょうがない。

君は床に座り直し、中に入っているものをぶちまけようとカバンを逆さまにした。がらんごろんと音がして、大量のガラクタが床に落ちる。
犬の首輪にラッパ、フルート、ベル、ランタン、ろうそく。クレジットカードや高そうなカメラまで入っている。手鏡は同じものが3個、更にはモンスターのフィギュアなんかも出てきた。

「こんな物、逆にどこで手に入れるんだい?」
レオはそう言ってどんどんとゴミを分別していく。君はもったいないと叫ぶが、レオは全く気にせず手を動かし続けた。
君は、涙目で火の中に消えて塵になってゆく物たちを眺めることしか出来なかった。

すると、君はレオが水晶玉を手にとった事に気づく。
「それは、綺麗だったから取っておいたの、捨てないで…」
君は彼にしがみついて必死に懇願(こんがん)する。レオは君を軽くあしらうと、それを手にとって、じっくりと眺めた。

「この水晶玉、取っといてもなんだし、使ってみないかい?」
レオの言葉を聞いて、君は目をパチクリする。使えるのか?
「僕の育ての母親が使ってるのを見たことがあるんだ。見様見真似だけど、やってみようかな」

彼はそう言うと、水晶玉を床に丁寧に置き、その前に座り直した。そして、君の手を取って、水晶玉の上に乗せる。彼は、行くよ、と目で合図をして口を開いた。

「Orb -o amarth, show nin i past, future, a present」

彼がそう言うと、透き通っていた水晶玉の中にゆっくりと(もや)が立ち込め始めた。

「君は、何が見たい?」
何が見たいか。君は少し黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「ジェームズに、会いたい」

君がそう言うと、球の中の靄は段々と渦になって、なにかの形を作り出していった。君の頭の中に、初めに浮かんだのは彼の顔だった。元気にしてるだろうか、村では何が起きているのだろうか。
初めはぼんやりとなにかの輪郭が写しだされた。だがゆっくりと、そしてはっきりと靄はその懐かしい赤毛を、その整った横顔を、そしてその綺麗な緑色の目を映し出した。

君の中に、何か今まで感じたことのない感情が湧き上がってきた。手は震え、君の藍色の瞳は涙で潤んで輝いた。何時(いつ)ぶりだろう、このように彼を見たのは。
水晶玉の中の彼は、何かをじっと見つめ、考え事をしているようだった。
君が昔から一緒にいた彼は、前よりも少し大人びたように見えた。肩幅は広くなり、子供っぽかった横顔には凛々しさが加わっていた。だがその頬は痩け、目の下には隈が出来ていた。

「ジェームズ、なの…?」
君は弱々しく呟いた。話せなくても、姿が見れれば十分だった。
「ふーん?彼が例のジェームズ君?いい子そうだね」
レオはそう言って顎を擦る素振りをした。

ジェームズは何かを凝視していたが、ぱっと立ち上がり、辺りを見回し始めた。
「どうしたんだろう」
君がレオにそう聞くと、彼は肩をすくめた。また視線を水晶玉に戻す。
ジェームズは頭を掻くと、また椅子に座り直した。
〚いや、まさかな…〛
水晶玉の中の彼はそう言って首を振った。

「もしかして、君の声が聞こえたんじゃない?」
レオはそう言って君の肩を叩いた。

「ジェームズ、聞こえるの?」
君がそう言うと、またジェームズは立ち上がった。
〚…エイミー、なのか…?〛

「うん、私だよ…会いたかった」
君はそう言ってネックレスを握りしめた。
「ジェームズ君、君の近くに水晶玉かなんか無いかな?水でも良いけど」
レオがそう口を挟んだ。ジェームズは、慌てて近くの水槽を持ち上げた。
〚これでいいのか?〛
「十分だよ!中をじっと覗いてみて、僕たちが見えるかも」

すると、君たちの水晶玉がまた濁り始め、今度は正面からジェームズの顔が正面から映し出された。
〚これは…そんな、だって、エイミーはダンジョンに…〛
ジェームズは目を擦り、自身の頬をつまむ。

「夢じゃないよ」
君はそう言って微笑んだ。涙が頬を伝って床に落ちる。
ジェームズはそれを聞くと、下を向いて、顔を手で覆い隠した。

「ほうほーーう、感動の再会ですね?まあ、そうだよね、大好きなのに、ずっと会えなかったんだもんねー」
レオはニヤニヤしながらそう言って君たちを眺めた。

〚…誰か居るのか?〛
ジェームズは慌てて涙を拭くとそう尋ねた。
「紹介する、この中で知り合って仲間になったレオ」
「どうもジェームズ君!君の話は聞いてるよ」
〚お、男…?そいつと二人っきりで一緒に居るのか?〛
君は大きくうん、と頷いた。そして、
「寝るときも一緒」
と付け加えた。君がそう言うと、ジェームズの顔色が変わり、レオがヒッと声を上げた。
「ちょっと君、余計なこと言わないでくれ!」
レオが切羽詰まって君の耳元で言う。
〚…顔か…顔なのか…〛
「君、ちょっとあっち行こうか」
レオはそう言いながら、君を部屋から押し出した。
「?良いけど…」

レオは君が部屋から出ていったのを確認すると、水晶玉に向き直った。
「ご、誤解だよ!一緒に寝てるっていうのは、その、やましい方じゃなくて、ホントにただ横で寝てるだけで…」

〚…それは信じることにする。お前、レオって言ったっけ。エイミーはどうだ?〛
「元気だよ。元気すぎて僕が()()りしちゃう位さ」
それを聞くとジェームズは安心したように顔の緊張を解いた。
〚…そうか、そうみたいだな。どうか、アイツが死なないように面倒見てやってくれ〛

レオは肩をすくめた。
「君、彼女の事好きなんだよね?良いのかい?他の男に任せちゃって」
それを聞いて、ジェームズは寂しげに笑った。
〚ああ、好きだよ、それも物凄く。でも、今アイツを守ってやれるのは俺じゃない〛

レオはそれを聞いて黙ってしまった。沈黙を破ったのはジェームズだった。
〚俺は、いつも後悔してるんだ。あの日、エイミーを止められなかった事、自分もついていかなかった事。アイツが心配で心配で、もう寝れないんだ、食べ物も喉を通らない、味がしない。でも〛
彼はここで言葉を切ると、レオを真っ直ぐに見つめた。
〚誰かが俺の代わりに、エイミーを支えてくれてるって分かった。これで少しは安心できるかもな〛

「まあ、期待に応えられるよう努力してみるさ」
レオはそう言って彼から目を逸した。ジェームズはレオを厳しい目で一度見たが、その後、頷いた。
〚もうお前とは十分話したよな?エイミーと話させてくれ〛
「はいはい、邪魔者は消えますよー」
レオはそう言うと、扉の外に座っていた君を中に入れ、入れ替わりのようにどこかに行ってしまった。

「レオ、良い子だったでしょ」
君はそう言って壁にもたれて座った。
〚まあ、悪いやつではなさそうだな〛
ジェームズはそう言って、小さな声でこう付け加えた。
〚でも、アイツはなにかお前に隠してる。完全に信頼はするなよ〛
「人間隠し事の1つや2つくらいあるでしょ」
君は頭を掻いた。実際、君はもうレオを信頼しきっていた。
〚一応忠告しただけだ。そっちはどうだ?〛
「どうだもなにも、毎日命の危険にさらされてる」
それを聞くと、ジェームズは頭を抱えて険しい顔をした。彼は不安なときにこの仕草をするのだ。

〚なんで、お前なんだ〛
ジェームズはそう口の中で呟いた。
「なにか言った?」

〚なんで、なんでお前がダンジョンに行かなきゃならなかった?他のやつでも良かったんだろ?お前がそんなに苦しんで、死にそうになりながら頑張る必要性が、そのロドニーの魔除けにはあるのか?〛
彼はバッと顔を上げた。彼の美しい瞳には涙が浮かび、その手は震えていた。

君はそれを見て、寂しげに笑った。
「私が行きたいって言ったんだよ、ジェームズ。それに、ここの生活は案外悪いものじゃない、仲間がいるから。あなたが居ないのは寂しいけど、それなりに頑張ってる。本当に苦しんでるのは、私じゃなくてあなたなんじゃない?何があったか、話して」
君がそう言うと、彼は涙を流したまま笑った。困ったような笑顔だった。
〚お前に隠し事は出来ないな〛
「隠そうとするだけ無駄」
君はそう言って首を左右に振った。

〚ありがとな、俺はお前に助けられてるよ。でも、今話すことじゃない。お前は自分の任務に集中するんだ、死なないでくれ〛
彼がそう言うと、段々と彼の輪郭がぼやけて、くっきりと見えなくなってきた。
「そんな、まだ少ししか話せてないのに!」
君が叫ぶが、彼は悲しそうに笑ったままだ。
次第にそれは色を失い始めた。君は慌てて水晶玉を掴んで、叫ぶ。
「私は元気、死なない、だから待ってて!」
すると、もう殆ど形も残っていない靄が少し動いて、微かにくぐもった声が聞こえた。

〚…愛してる〛

そして、それを最後に靄は完全に晴れ、水晶玉はパリンと音を立てて粉々に割れてしまった。
君は両手を顔に当てて、静かに泣いた。


レオは壁に耳を押し当てて二人の会話を聞いていた。
「愛してる…だってよ!!かっこいいなぁ!」
レオは小声でそう叫ぶと、ヒューと口笛を吹いた。
「でもエイミーの事だから、きっと伝わってないんだろうなー。ああ、可哀想(かわいそう)なジェームズ!」

レオは立ち上がると、ゆっくりとドアを開けた。
君はレオが入ってきたのを見ると、彼の膝にすがりついた。
「もう一度話せないの?」
レオは首を振った。君はがっくりと頭を垂れる。

「私も、言いたかった、好きだって…。友達として」
「…いや、それは言わないであげてくれ」
レオは頭を抱える。こんな事だろうと思っていた。


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ガチャリ

木のドアがバンと開いた。
「…勝手に入ってくるな」
「またまた、フィアンセになんてこと言うの、ジェームズ。そんなんだからモテないのよ」
そう言いながら、背の高い女が入ってきた。ジェームズはそれを無視して、水槽を眺めていた。まだ、彼の幼馴染の名残を少しでも残っていないか探すかのように。

女は彼の態度を見てムッとした顔をした。
「さっき、愛してる、とかって声が聞こえたんだけど?それは、私に言ってたの?」
「…っ、違う!!」
ジェームズはバン、と立ち上がった。その勢いで椅子が倒れる。
彼女への言葉をこの女に汚された気がしたのだ。

「…そんなにムキにならなくても良いじゃない」
女はそう言って彼を睨むと、フンと鼻を鳴らして、ドスドスと部屋を出ていった。

ジェームズは女が出ていったのを確認すると、もう一度椅子に座り直した。
そして、苦しげに目を閉じる。

「…エイミー、早く、帰ってきてくれ…」
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登場人物紹介

エイミー、主人公、ヴァルキリーの少女。

レオ、エルフ。エイミーの仲間。顔が良い

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