第24話 夜叉欧陽

文字数 3,037文字

 食事を終え、満足したのか鬼卒たちはその場に寝そべり、腹をさすりながら雑談しだした。

「どうやら今日も土伯(どはく)は出てこなかったみたいだぎゃ」

「いつもこうだといいだぎゃ」

「こないだ出てきたときは、何人やられたんだったぎゃ?」

「うーん、五人ほどだったぎゃ。まあ、少ないほうだったぎゃ」

「おいらはまだその土伯ってのを見たことないんですだぎゃ。そんなに恐ろしいもんですだぎゃ?」

 一人の鬼卒が訊く。この鬼卒は序列が下の方らしく、その質問に先輩格の鬼卒たちが偉そうに答えた。

「ああ、おまえは最近ここに来たばかりだから知らないだぎゃな。あいつは風のように突然現れて、おいらたちを追いかけ回すんだぎゃ。その気になればすぐ捕まえられるくせにだぎゃ。おいらたちが必死に逃げるのが面白いみたいだぎゃ」

「残酷な奴だぎゃ。そんで、とっ捕まったら生きたまんま食われるだぎゃ。あいつは死んで時間が経った死肉は絶対食わないんだぎゃ」

「見かけによらず、味にこだわりがあるだぎゃ」

 新人の鬼卒たちは、それを聞いてすっかり怯えたようだ。

「こ、この小屋にいれば安心ですだぎゃ?」

 先輩の鬼卒たちは一斉にぎゃはは、と笑い出す。

「まさか! 何度建て直したかわからねえだぎゃ」

「あいつはすげえ怪力なんだぎゃ。こんな小屋、ひとたまりもないだぎゃ」

「うう、なんでおいらたちはここで番をしなきゃいけないんだぎゃ?」

「なんでって、大昔からそう決まってるだぎゃ」

「そうそう。おいらたちがここの門番を務めなきゃ、誰がやるってんだぎゃ。生きたまま迷い込んでくる奴やら、死んだ人間を連れ戻そうとする術士やら。滅多にないだぎゃ、門の向こうから抜け出てこようとする奴。そういう奴らをここで食い止めるのが、おいらたちの役目だぎゃ」

「土伯に殺されて数が減ったら、あの門の向こうから新しい鬼卒が送られてくるだぎゃ」

 ここで一人の鬼卒が深刻な顔をして語りだした。

「おいら、最近考えるんだぎゃ。もしかしてここの本当の門番は土伯で、おいらたちはあいつの……ただの食糧じゃないかって……だぎゃ」

 皆、そろってごくり、と息をのむ。もう一人の鬼卒が笑ってごまかした。

「へ、へへ、そんなわけねえだぎゃ。大体、あいつがここに来たのは千年前だって話だぎゃ」

 鬼卒たちは一斉にうなずく。そのとき数人の鬼卒が、小屋の中が焦げくさいのに気づく。

「誰だぎゃ。飯を食ったばかりなのに、なんか焼いてんのは」

「ちがうぎゃ! 燃えてんのは、この小屋だぎゃ!」

 小屋の片隅から煙が立ち込めている。ちろちろと赤い炎が見えた。鬼卒たちが慌てて駆け寄ろうとしたとき、ぼわっと一気に燃え広がった。

「全員退避だぎゃ! 小屋の外に逃げるだぎゃ」

 他の者より、ひとまわり大きな鬼卒が叫んだ。どうやらこの鬼卒がここの長らしい。
 鬼卒たちは小屋の出口に殺到した。自分が助かりたい一心で、仲間を押しのけたり踏んづけたりと、狭い出口で混乱している。
 そうこうするうち、何人かが小屋を飛び出すことに成功した。しかし安堵する間もなく、悲鳴をあげてばたばたと倒れていく。鬼卒たち全員が外へ出る間に、数は半分に減っていた。

「な、なんなんだぎゃ、おまえは!?

「ひでえぎゃ。みんな、首をかっ切られて死んだぎゃ」

「この女、この女がやったぎゃ! 火をつけたのもこいつだぎゃ!」

 鬼卒たちがぎゃあぎゃあ騒ぐ。その怒号と罵声を一身に浴び、涼しげな顔をしている一人の女──欧陽緋(おうようひ)
 黄の道衣の袖を悠然となびかせ、左手を腰に。その腰には細さを強調するように締め付けられた朱の帯。右手には魯班尺が握られ、それで肩をとんとんと叩く。

「土伯のことをもっと詳しく聞きだそうと思いましたが気が変わりました。気の毒ですが、あなた方には全員死んでもらいます」

 さりげなく死の宣告を告げる欧陽緋に、鬼卒たちは戸惑いながらも怒りだす。

「ど、どういうことだぎゃ! おまえは何者だぎゃ!」

「鬼卒ごときに名乗る名は持ち合わせていません。しかし、死ぬ理由くらいは教えてあげましょう。土伯をおびき寄せ、倒すのがわたくしの目的です。土伯は生餌を好むようですから、食料であるあなた方が次々と殺されれば必ず姿を現すはずです」

「じょ、冗談じゃねえだぎゃ! 全員、隊列を組むだぎゃ」

 鬼卒長が号令を下すと、駆け足で鬼卒たちが隊列を組む。欧陽緋と鬼卒長との間に鬼卒の壁が二重にできた。

「それなりに訓練しているようですね」

「見るがいいだぎゃ。対術士用の鬼兵戦闘術だぎゃ。全員、得物にあれを塗るだぎゃ!」

 鬼卒長が叫ぶと、鬼卒たちは腰にさげた小瓶の蓋を取り、その中身を各々の得物にぶちまけはじめた。刃の欠けた刀や、曲がった棍棒。茶色の液体がどろりとまとわりつく。

 たちまち辺りに凄まじい悪臭が広がる。欧陽緋は眉間に皺を寄せ、さささ、と素早く後退した。しかしそれでも臭う。軽くめまいがした。

「ぎゃはは、おまえ、その格好からして術士だぎゃ? おまえら術士は馬や牛の糞尿に弱いんだぎゃ。今塗ったのはそれだぎゃ。──うえっ、気持ち悪いだぎゃ」

 鬼卒たちもその強烈な臭いに顔をしかめている。鼻をつまみながら鬼卒長が号令を下す。

「やっちまうだぎゃ! 仲間たちの仇だぎゃ!」

 雄叫びをあげながら鬼卒たちが近づく。ますます臭いがきつくなり、欧陽緋は一瞬、意識が遠くなった。

「それ以上……近づかないでください。死にますよ」

 後退しながら剣訣を結ぶ。魯班尺をその二本指の間にはさめた。

「ぎゃははぁ! そんな棒っきれでなにするつもりだぎゃ」

 先頭の鬼卒が笑った。魯班尺の先をその鬼卒へ向ける。

 魯班尺は、長さ一尺ほどの木製のものさしである。ただ先端が刀の切っ先のように尖っている。そのものさしが欧陽緋の低い一声で驚くべき変化を見せた。

「伸びよ」

 さくっ、と魯班尺の鋭利な先端が鬼卒の額に突き刺さった。欧陽緋と鬼卒との間にはまだ四丈ほどの距離がある。瞬時にして魯班尺がそこまで伸びたのだ。

「ぎゃあ、伸びたぎゃ。あの棒っきれ」

「ぎゃあ、やられた! やられた!」

 先頭の鬼卒が崩れ落ち、周りの鬼卒が騒ぎだす。騒ぎながら後退しようとするが、鬼卒長がそれを許さない。

「退くなだぎゃ! 全員で一斉に攻撃するだぎゃ! あの女、捕まえたらひんむいて縛りつけて、おいらたちの代わりに土伯に食われてもらうだぎゃ」

 それを聞いて興奮したのか、鬼卒たちは喚声をあげながら突進してきた。
 二十人もの鬼卒。凶悪で頭が悪そうで、なにより醜い。それに加え、この鼻がもげそうなほどの悪臭。欧陽緋のこめかみに、ぴしっ、と青筋が浮かんだ。

「近づくな、と言ったでしょう」

 懐から八卦鏡を取り出す。八角系の板で八卦図の中心に円形の鏡が埋め込まれている。それを胸の前で構え、鬼卒たちに向けた。
 鏡から眩い光が、かっ、と発せられた。鬼卒たちは一斉に目を覆い、悲鳴をあげる。

 欧陽緋は魯班尺を両手で握り、ぼそりとつぶやく。

「これで死になさい。まったく、穢らわしい」

 再び魯班尺の長さが伸びた。いや、今度は太さも倍はある。鬼卒たちの騒ぎとは逆に、腰のあたりで静かに構える。そして横薙ぎに一閃──。
 鬼卒たちの悲鳴がやんだ。魯班尺がもとの長さに戻り、欧陽緋がついた血を落とすように、ぶん、と一振りする。

 ずるり、と鬼卒たちの身体が上下二つに分かれた。そして思い出したようにどさり、どさりと上半身が地面に落ちる。欧陽緋は輪切りになった野菜を連想した。
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