第18話 賈玉泉との再会

文字数 2,156文字

 夜になり、(りゅう)たち一行は天手河へと向かった。あの幽霊と出会った場所。
 秦昂が先頭に立ち、その後には龍と秦璃。龍は念のため例の木箱を背負っている。他の者たちは離れた場所で見守ることになった。

 柳の下にうっすらと人影が浮かんでくる。それは次第にはっきりと妖艶な女の後姿となった。

「玉泉……」

 秦昂(しんこう)が近づく。女幽霊が振り返り、その姿を見て泣き崩れた。

「玉泉、わかるのか? わたしのことが」

「ええ。やっと……やっと会えたのですね。伯偉さま、わたしはあなたをずっとお待ちしておりました」

 秦昂はその場に手をつき、額を地面に打ちつけた。

「すまない! わたしはおまえを迎えに行ってやれなかった。言い訳はしない。さあ、呪い殺すなり、なんなりしてくれ。わたしに罪を償わせてくれ」

 しかし賈玉泉(かぎょくせん)は泣きながら首を横に振る。

「わたしもはじめは恨み言の一つでも言うつもりでした。でも、もういいのです。あなたも長い間苦しんでこられたのでしょう。あなたが今、幸せならそれで……」

 それを聞いた秦昂は肩を震わせて泣き出した。賈玉泉の視線が秦璃に向けられる。

「その子は?」

「わたしの……わたしの娘だ。名を璃という」

「……そう、なんて可愛らしい。よかった。あなたもその子もとても幸せに暮らしているのですね。それさえわかれば、もう思い残すことはありません。わたしは二度とここには現れませんから安心してください。どうか、お元気で」

 そのまま、すうーっと消えていきそうな賈玉泉を秦昂と秦璃(しんり)が呼び止める。

「待ってくれ、玉泉。それではわたしの気が済まない。せめておまえの遺骨がある場所を教えてくれ。きちんと葬式をあげ、弔ってやりたいのだ」

「そうよ。立派なお墓だって建てたいわ。すぐには無理だけど、わたしも働くから」

 賈玉泉は消えていきながら悲しそうに首を振った。

「その気持ちだけで十分です。くれぐれもわたしの遺骨を探そうなどと考えないでください。いいですね、約束ですよ」

 このやりとりに龍はふと疑問が浮かび、訊いた。

「待ってください。あなたは死んでから十四年もの間を経てどうして現れたのですか? もしや、あなたの魂は長い間、妖怪に囚われているのでは?」

 龍の質問に賈玉泉ははっとした表情を見せたが、そのまま隠れるように消えていった。

 離れた場所で見ていた林魁たちが駆けつけて来る。左臥(さが)だけはその場に残っていた。

「師匠。今の話、どういうこと?」

「この河で死んだ者の魂を捕らえて放さぬ妖怪がいると聞いたことがあります。玉泉どのの魂も恐らくは……。ただ、その妖怪は大昔に封印されているものですから、表だった現象を起こすことが出来ないはずです。玉泉どのが今となって姿を現せたのは、その封印の力が弱まっているからではないでしょうか」

「呪術を用い、正しい風水の地形を捻じ曲げて怪異を引き起こす宮廷道士たち。もしや、大物の妖怪たちを復活させるための布石では?」

 欧陽緋(おうようひ)が訊くと、龍もうなずく。そこに聞き覚えのない声が割り込んできた。

「やれやれ、下界と交信するのも骨が折れるわい。おっと、そんなことを言っておるところではなかったな。白龍(はくりゅう)よ、やっと気づきおったか。奴らの狙いに」

 皆が怪訝な目を声のほうに向ける。
 声の主は秦璃だった。明らかにいつもと様子が違う。林魁(りんかい)と秦昂がその手を握って心配そうに呼びかける。

「げっ、またおかしくなっちまった。おい、しっかりしろ。寝ぼけてんじゃねえのか」

「阿璃や、どうした? どこか具合でも悪いのか? 声や目つきが、いつもと違うぞ」

 二人の呼びかけに、秦璃はうざったそうに手を振りほどく。

「ええい、離さぬか。よく聞け。わらわは、天界よりこの地を見守る者の一人。この地での危機を知らせるためにこの娘の身体を借りておる。まったく、〈気〉の波動の合う者が滅多におらんので苦労するぞ」

 一同は呆気にとられる。中でも龍はいつもの冷静さを失ったように叫ぶ。

「あ、あなたはもしや、あの──」

 だがその瞬間、秦璃の正拳突きが龍のみぞおちにめり込んだ。龍は苦悶の表情でその場に膝をつく。

「白龍、余計なことを言うでない。よいか、波動の合う者の身体を借りているとて、いつまで持つかわからぬ。手短に説明するぞ。一千年も昔のこと、この地を都と定めた古の皇帝、源帝はこの地で暴れまわる四匹の妖怪を討伐したのじゃ。じゃがその妖力は凄まじきもの。天界からの力を借りて、ようやく封印したのじゃ。今回その封印の効力を弱め、四大妖を復活させんと狙っているのが宮廷道士どもということじゃ」

 周りの者はまだ信じられない、といった様子で秦璃を見ている。それに構わず秦璃は続ける。

「呪術を濫用し、人々に恐怖を与え、風水を変化させて陰気を招く。今まで妖怪が出没してきたのもそれが原因じゃ。これが続けば古代に封印されし大妖も甦る。奴らが復活するのはもう時間の問題。倒すならまだ奴らが自分らの領域から出れぬ今しかない」

 秦璃はそこまで言って一息つく。そして龍の目を見据えて言った。

「天界にも様々な事情がある。今回はこういった形でしか支援できぬから、あとは白龍。事の成否はおまえたちの双肩にかかっていると思え。よいか、四大妖の封印されし場所まで送りこんでやるから、誰がどの大妖を倒すか話し合え」
 
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