第29話 妖火狐
文字数 2,116文字
表の世界。天手河のほとりで龍 と左臥 のふたりの目の前に光の円が浮かび上がった。
その中から飛び出してきたのは秦璃 、秦昂 、蘇悠 。三人とも恐怖にひきつった顔をしていた。
「皆さん、無事ですか⁉ おや、林魁は?」
龍が駆け寄り、林魁 がいないことに気付く。
秦璃が泣きながらしがみついてきた。
「魁が……魁が妖怪になっちゃったの! ねえ、龍先生、どうしたらいいの?」
「魁……ついに封印が解けましたか。秦璃、魁はまだあちらの世界に?」
「うん。那威王 をボッコボコにしてたわ。わたしたちだけ、わけの分からないうちにこっちに戻されたみたい」
再び光の円が浮かび上がる。
龍は警戒して身構えたが、中から出てきたのは衣服がボロボロになった欧陽緋 だった。
ふとももが眩しいほどに露出し、胸元もきわどい所まではだけている。
「緋嬢! な、なんという格好をしているのですか」
龍は慌てて後ろを向く。蘇悠はだらしなく鼻の下を伸ばし、秦昂は真っ赤になってうつむく。
左臥だけが無反応だった。
「仕方ありません。土伯に少々手こずりましたから。そんなに驚くことではないでしょう」
欧陽緋はすました顔で龍の前方に回り込む。
秦璃が声を荒げて上着を投げつけた。
「ちょっと、そんな格好でうろつかないでよ! さっさとそれを着なさい!」
「あら、ありがとう。可愛らしいお嬢さん」
欧陽緋は渡された上着を羽織る。男ものらしく、ぶかぶかだった。
それもそのはず、秦璃は蘇悠の上着を剥ぎ取って渡したのだった。
突然、ゴゴゴ、と大地が揺れだした。
光の円がせわしなく点滅し、大きくなったり小さくなったりしている。
「じ、地震だ! うわっ、なんだあれは⁉」
蘇悠が指をさし、叫んだ。
光の円が砕け散り、地面に穴が空いた。
その穴からふたつの影が飛び出す。
那威王と妖怪と化した林魁だった。その姿を見て龍は驚愕の声をあげる。
「!──あれは妖火狐 !」
「龍先生、知ってるの?」
「九尾狐と並ぶ大物の妖狐です。まさかあれが林魁に宿っていたとは」
妖火狐と那威王は空中を落下しながら戦っている。
妖火狐がくるりと宙返りをした。
「皆さん、伏せて!」
龍が叫び、慌てて全員が伏せる。
妖火狐の尾から無数の炎が放たれた。
それは槍のような形となって那威王の手足を貫いた。龍たちの周りにも次々と降り注ぐ。
炎の槍に貫かれた那威王はそのまま地面に落ちて縫い付けられた状態に。
妖火狐は不気味に笑いながらまたも空中で一回転。真っ赤な火の玉へと変化した。
そして動けない那威王めがけ急降下。
那威王の絶叫と落下の衝撃音が重なった。
立ち込める煙。衝撃でくぼみ、黒焦げになった地面の穴から姿を現したのは妖火狐のみ。
龍たちの存在を確認するとゲゲゲ、と笑いながら二本足でにじり寄る。
「皆さんはそこを動かないで。わたしが魁を止めます」
龍もゆっくりと妖火狐へと近付く。
この中で林魁を止められるのは自分しかいないと思っての決断。
「魁、わかりますか? わたしです。どうか心を鎮めてください」
龍が話しかけると、妖火狐は警戒して足を止め、喉の奥で唸り声をあげる。
ふいに龍の尻をバン、と叩く者がいた。
龍がビクッとして振り返るとそこには秦璃。いや、目つきと雰囲気が変貌していた。
「妖火狐とは厄介じゃの。どうやって止めるつもりじゃ? おい、獄龍は使うでないぞ」
「わかっています。あれほどの力が獄龍とぶつかれば、都が燃え尽きてしまうでしょう」
「わらわが手伝う。追い出すのは難しいかもしれんが、封じ込めることはできよう」
「ありがとうございます」
龍は素早く妖火狐の右に回り込む。秦璃も同じように左。
妖火狐は両手にボ、ボボッ、と息を吹きかけて火を灯すと、それを龍と秦璃へ向けた。
爪に灯った火が矢のように連射された。
龍は木剣で叩き落とし、秦璃は両手から結界を出して防御。
妖火狐が奇声を上げながら突進。
龍の目の前で宙返りすると、炎をまとった足蹴りを何発も繰り出す。
「くっ……魁。目を、目を覚ましてください。どうか」
木剣で受け止めるが耐えきれない。
顔面を蹴られそうになったとき、妖火狐の動きが突然止まった。
銀色に光る網のようなものが妖火狐に覆いかぶさっていた。
仙術によるものらしく、秦璃がそれを手繰り寄せている。
「いまじゃ、封じよ!」
秦璃が叫び、龍が背中の木箱をばん、と叩く。
無数の紙符が飛び出して空中を舞う。そして渦を巻くように妖火狐を取り囲んだ。
そのうち一枚を剣訣で指の間に挟め、妖火狐の額に貼り付ける。
残りの紙符も吸い付くように妖火狐の全身に張り付いた。
妖火狐が叫びながら銀の網を引きちぎる。
そして大口開けて龍の左肩に噛みついた。
「龍さま!」
「龍先生!」
欧陽緋や蘇悠が駆けつけようとする。龍はそれを手をあげて止めた。
「いいのです。このまま……」
龍は妖火狐をぐいっと抱き寄せた。
肩からはおびただしい血が流れ出ている。
妖火狐の身体がゴオッ、と燃え上がった。そして龍の身体も。
辺りはふたりの発する炎の熱風で目も開けていられない状況だった。
秦璃だけが落ち着いた表情でふたりを見守っている。
その中から飛び出してきたのは
「皆さん、無事ですか⁉ おや、林魁は?」
龍が駆け寄り、
秦璃が泣きながらしがみついてきた。
「魁が……魁が妖怪になっちゃったの! ねえ、龍先生、どうしたらいいの?」
「魁……ついに封印が解けましたか。秦璃、魁はまだあちらの世界に?」
「うん。
再び光の円が浮かび上がる。
龍は警戒して身構えたが、中から出てきたのは衣服がボロボロになった
ふとももが眩しいほどに露出し、胸元もきわどい所まではだけている。
「緋嬢! な、なんという格好をしているのですか」
龍は慌てて後ろを向く。蘇悠はだらしなく鼻の下を伸ばし、秦昂は真っ赤になってうつむく。
左臥だけが無反応だった。
「仕方ありません。土伯に少々手こずりましたから。そんなに驚くことではないでしょう」
欧陽緋はすました顔で龍の前方に回り込む。
秦璃が声を荒げて上着を投げつけた。
「ちょっと、そんな格好でうろつかないでよ! さっさとそれを着なさい!」
「あら、ありがとう。可愛らしいお嬢さん」
欧陽緋は渡された上着を羽織る。男ものらしく、ぶかぶかだった。
それもそのはず、秦璃は蘇悠の上着を剥ぎ取って渡したのだった。
突然、ゴゴゴ、と大地が揺れだした。
光の円がせわしなく点滅し、大きくなったり小さくなったりしている。
「じ、地震だ! うわっ、なんだあれは⁉」
蘇悠が指をさし、叫んだ。
光の円が砕け散り、地面に穴が空いた。
その穴からふたつの影が飛び出す。
那威王と妖怪と化した林魁だった。その姿を見て龍は驚愕の声をあげる。
「!──あれは
「龍先生、知ってるの?」
「九尾狐と並ぶ大物の妖狐です。まさかあれが林魁に宿っていたとは」
妖火狐と那威王は空中を落下しながら戦っている。
妖火狐がくるりと宙返りをした。
「皆さん、伏せて!」
龍が叫び、慌てて全員が伏せる。
妖火狐の尾から無数の炎が放たれた。
それは槍のような形となって那威王の手足を貫いた。龍たちの周りにも次々と降り注ぐ。
炎の槍に貫かれた那威王はそのまま地面に落ちて縫い付けられた状態に。
妖火狐は不気味に笑いながらまたも空中で一回転。真っ赤な火の玉へと変化した。
そして動けない那威王めがけ急降下。
那威王の絶叫と落下の衝撃音が重なった。
立ち込める煙。衝撃でくぼみ、黒焦げになった地面の穴から姿を現したのは妖火狐のみ。
龍たちの存在を確認するとゲゲゲ、と笑いながら二本足でにじり寄る。
「皆さんはそこを動かないで。わたしが魁を止めます」
龍もゆっくりと妖火狐へと近付く。
この中で林魁を止められるのは自分しかいないと思っての決断。
「魁、わかりますか? わたしです。どうか心を鎮めてください」
龍が話しかけると、妖火狐は警戒して足を止め、喉の奥で唸り声をあげる。
ふいに龍の尻をバン、と叩く者がいた。
龍がビクッとして振り返るとそこには秦璃。いや、目つきと雰囲気が変貌していた。
「妖火狐とは厄介じゃの。どうやって止めるつもりじゃ? おい、獄龍は使うでないぞ」
「わかっています。あれほどの力が獄龍とぶつかれば、都が燃え尽きてしまうでしょう」
「わらわが手伝う。追い出すのは難しいかもしれんが、封じ込めることはできよう」
「ありがとうございます」
龍は素早く妖火狐の右に回り込む。秦璃も同じように左。
妖火狐は両手にボ、ボボッ、と息を吹きかけて火を灯すと、それを龍と秦璃へ向けた。
爪に灯った火が矢のように連射された。
龍は木剣で叩き落とし、秦璃は両手から結界を出して防御。
妖火狐が奇声を上げながら突進。
龍の目の前で宙返りすると、炎をまとった足蹴りを何発も繰り出す。
「くっ……魁。目を、目を覚ましてください。どうか」
木剣で受け止めるが耐えきれない。
顔面を蹴られそうになったとき、妖火狐の動きが突然止まった。
銀色に光る網のようなものが妖火狐に覆いかぶさっていた。
仙術によるものらしく、秦璃がそれを手繰り寄せている。
「いまじゃ、封じよ!」
秦璃が叫び、龍が背中の木箱をばん、と叩く。
無数の紙符が飛び出して空中を舞う。そして渦を巻くように妖火狐を取り囲んだ。
そのうち一枚を剣訣で指の間に挟め、妖火狐の額に貼り付ける。
残りの紙符も吸い付くように妖火狐の全身に張り付いた。
妖火狐が叫びながら銀の網を引きちぎる。
そして大口開けて龍の左肩に噛みついた。
「龍さま!」
「龍先生!」
欧陽緋や蘇悠が駆けつけようとする。龍はそれを手をあげて止めた。
「いいのです。このまま……」
龍は妖火狐をぐいっと抱き寄せた。
肩からはおびただしい血が流れ出ている。
妖火狐の身体がゴオッ、と燃え上がった。そして龍の身体も。
辺りはふたりの発する炎の熱風で目も開けていられない状況だった。
秦璃だけが落ち着いた表情でふたりを見守っている。