第31話 約束
文字数 1,449文字
突然、素っ頓狂な悲鳴があがった。
新たな敵か、異変か──。
その場に緊張が走る。
それは意識を取り戻した秦璃 の悲鳴だった。
原因は、妖怪化の解けた林魁 が生まれたままの姿で突っ立っていたからだ。
さっきまで泣いていた林魁だったが、秦璃の反応を見て調子づいたらしい。
裸のまま追い回し、秦璃は悲鳴をあげて逃げ回る。
「ふう、人間に戻ったとたん、あれですか。先が思いやられる」
龍が呆れたように言うと、背後から背筋の凍るような声がかけられた。
「龍さま、まさかお忘れではないと思いますが。わたくしとの約束を」
欧陽緋 だった。ここでいち早く左臥 が危険を察知する。
「おい、ここでいい。早く降ろせ。とばっちりはごめんだ」
龍は言われたとおりここで左臥を降ろす。そして恐る恐る振り返った。
幸い、その美しい細面に怒りの兆候は見えなかった。
ほっとして龍は聞き返す。
「いえ、忘れてなどいませんよ。もちろん約束は果たします。わたしに出来ることであれば、なんなりと」
しかし、欧陽緋はいざその内容を告げようとすると、めずらしく顔を紅くしてモジモジしている。
「あの、その、わたくしを…………に」
やっと吐き出した言葉だがよく聞き取れない。
龍は再び聞き返す。
「はい? なんでしょうか?」
「わたくしを……妻に、妻として迎えてください!」
一同に衝撃が走った。走り回っていた林魁と秦璃もその場に立ち尽くす。
「もちろん受けてくださいますよね。わたくしが今回の戦いに協力すれば、なんでも言うことを聞く、との約束でしたもの」
「え、ええ。たしかに」
龍の顔がみるみる青ざめていく。
「へえー、師匠が欧陽緋さんと。けっこうお似合いだよね。良かった、良かった」
林魁が他人事だと思って勝手なことを言っている。
蘇悠 や秦昂 もどこかうらやましそうな表情。
「龍先生、本当にあの人と?」
秦璃が不安そうな顔で聞く。龍はますます動揺した。
「う、あの、しかし。今すぐというわけには。まあ、こんな事があった直後ですし。緋嬢もわかるでしょう。もう少し落ち着いてから考えるというか、話し合うというか……」
これを聞いた欧陽緋。
うつむいて肩を震わせている。龍は直感でまずい、と後ずさる。
「おい、龍。さっさと逃げろ。冗談抜きで殺されるぞ」
左臥に促され、龍は脱兎のごとく逃げた。
背後からは林魁の笑い声。秦璃の早く逃げて、の声。そして欧陽緋のこの世のものとは思えぬ罵声。
我堕羅 と戦ったときの百倍は恐ろしかった。
こうして龍とその仲間たちによって、都に長く続いていた怪異は鳴りを潜める。
だが龍たちの活躍は市井の人々には伝わらかった。
少し後の話になるが、来福真人 の代わりに聡霊真人 という人物が宮廷道士の長となった。
そして新帝の命によって国を挙げての祈祷が行われた為に、怪異が収まったのは宮廷道士たちのお陰だと人々は信じて疑わなかった。
どちらにしろ龍にとって手柄などはどうでもよかったが、気がかりなことがある。
あの我堕羅が残した言葉。
再びこの都に怪異が起こり、妖怪が人々の生活を脅かすのではないか。
そして林魁の身体に封じている妖火狐 。
いつかまた暴走するかもしれない。その時は止められるのか。
いや、きっとまた止めてみせる。自分と林魁には頼りになる仲間がいるのだから。
他人の心配をしている場合ではなかった。
欧陽緋が「おーのーれー」と鬼気迫る表情ですぐ後ろまで来ている。
仲間に無事再開できることを願いながら龍は走り続けた。
了
新たな敵か、異変か──。
その場に緊張が走る。
それは意識を取り戻した
原因は、妖怪化の解けた
さっきまで泣いていた林魁だったが、秦璃の反応を見て調子づいたらしい。
裸のまま追い回し、秦璃は悲鳴をあげて逃げ回る。
「ふう、人間に戻ったとたん、あれですか。先が思いやられる」
龍が呆れたように言うと、背後から背筋の凍るような声がかけられた。
「龍さま、まさかお忘れではないと思いますが。わたくしとの約束を」
「おい、ここでいい。早く降ろせ。とばっちりはごめんだ」
龍は言われたとおりここで左臥を降ろす。そして恐る恐る振り返った。
幸い、その美しい細面に怒りの兆候は見えなかった。
ほっとして龍は聞き返す。
「いえ、忘れてなどいませんよ。もちろん約束は果たします。わたしに出来ることであれば、なんなりと」
しかし、欧陽緋はいざその内容を告げようとすると、めずらしく顔を紅くしてモジモジしている。
「あの、その、わたくしを…………に」
やっと吐き出した言葉だがよく聞き取れない。
龍は再び聞き返す。
「はい? なんでしょうか?」
「わたくしを……妻に、妻として迎えてください!」
一同に衝撃が走った。走り回っていた林魁と秦璃もその場に立ち尽くす。
「もちろん受けてくださいますよね。わたくしが今回の戦いに協力すれば、なんでも言うことを聞く、との約束でしたもの」
「え、ええ。たしかに」
龍の顔がみるみる青ざめていく。
「へえー、師匠が欧陽緋さんと。けっこうお似合いだよね。良かった、良かった」
林魁が他人事だと思って勝手なことを言っている。
「龍先生、本当にあの人と?」
秦璃が不安そうな顔で聞く。龍はますます動揺した。
「う、あの、しかし。今すぐというわけには。まあ、こんな事があった直後ですし。緋嬢もわかるでしょう。もう少し落ち着いてから考えるというか、話し合うというか……」
これを聞いた欧陽緋。
うつむいて肩を震わせている。龍は直感でまずい、と後ずさる。
「おい、龍。さっさと逃げろ。冗談抜きで殺されるぞ」
左臥に促され、龍は脱兎のごとく逃げた。
背後からは林魁の笑い声。秦璃の早く逃げて、の声。そして欧陽緋のこの世のものとは思えぬ罵声。
こうして龍とその仲間たちによって、都に長く続いていた怪異は鳴りを潜める。
だが龍たちの活躍は市井の人々には伝わらかった。
少し後の話になるが、
そして新帝の命によって国を挙げての祈祷が行われた為に、怪異が収まったのは宮廷道士たちのお陰だと人々は信じて疑わなかった。
どちらにしろ龍にとって手柄などはどうでもよかったが、気がかりなことがある。
あの我堕羅が残した言葉。
再びこの都に怪異が起こり、妖怪が人々の生活を脅かすのではないか。
そして林魁の身体に封じている
いつかまた暴走するかもしれない。その時は止められるのか。
いや、きっとまた止めてみせる。自分と林魁には頼りになる仲間がいるのだから。
他人の心配をしている場合ではなかった。
欧陽緋が「おーのーれー」と鬼気迫る表情ですぐ後ろまで来ている。
仲間に無事再開できることを願いながら龍は走り続けた。
了