第27話 那威王

文字数 2,141文字

 階段が終わり、目の前には一直線に伸びた通路。その奥は陽の光が届かず真っ暗で、どうなっているかわからなかった。

 秦璃(しんり)が両手を上に向けると光り輝く珠が二つ、ぽわん、ぽわんと手の平から飛び出し、辺りを照らしだした。
 がさがさ、がさがさ、と小さな虫たちが石造りの天井や壁の隙間に隠れる。

「だいじょうぶかな、ここ。かなり古そうな造りだけど。崩れ落ちてこないかな」

 周りを見渡して林魁(りんかい)が秦璃に訊く。

「ここは那威王(ないおう)の地下墳墓じゃ。那威王は古の皇帝、源帝の実弟。千年前、源帝は自分の死後、帝位を継ぐのは自分の溺愛する息子ではなくこの才能があり臣下からの人気もある弟ではないかと恐れ、暗殺。それ以来、弟を葬ったこの場所で怪異が頻発するので墳墓を造ったのじゃ。しかしそれでも怪異は収まらず、五百年後にはるか南方から来た高僧楽円によってようやく怪異が収められた、というわけじゃ」

「へえ。でも、那威王って四大妖の一人だよね。でもって、その源帝が四大妖をやっつけたことになってるけど」

「実の弟を殺したとあっては、聞こえが悪かろう? いつの間にか那威王は妖怪、と決めつけられてしまったのじゃ。権力者が歴史を捻じ曲げて伝える。めずらしいことではなかろう。それにあながち間違いでもない。のちに那威王は自らの怨念によって、史上初の殭死(きょうし)になってしまったのじゃ」

「なるほど。それが四大妖の一人、那威王の誕生ってわけか」

「そうじゃ。ほれ、話しはあとでいくらでもできる。今は先を急ぐぞ」

 秦璃が先頭に立ち、四人は石造りの通路を進んだ。秦璃が出した二つの光珠は、ぐるぐると頭上を旋回し、辺りを照らし続けている。

 途中、苔むした地面に足をすべらせ蘇悠(そゆう)が何度も転んだ。林魁がそれを見てぎゃはは、と笑う。それ以外、特になにもなかった。

「む。着いたぞ」

 秦璃が指をさす。その方向に二つの光珠が飛んでいく。どう見ても壁しかなかった。完全な行き止まり。他の三人は首をかしげる。

「たわけ、この奥が玄室じゃ。ぶち破るぞ」

 光珠の回転がぎゅるるる、と速くなった。三人は嫌な予感がしてその場に伏せる。破壊音が響き、目の前の壁がこっぱみじんに吹っ飛んだ。

「よし、わらわに続け」

 瓦礫を乗り越え、秦璃が奥の部屋へと進む。林魁たちもそのあとを追った。
 先ほどの通路と違い、開けた空間。だが雰囲気がずしり、と重くなるのを全員感じた。

 光珠が照らしだすと石棺が一つ。それ以外にはなにも見当たらない。

「なんか淋しいとこだね。王さまの墓なら、もっと派手にすればいいのに」

 林魁が言ったときだった。石棺の蓋がどばん、と砕け、中から黒い影が飛び出した。空中でぐるぐると回転したあと、ずどん、と勢いよく着地する。

 一同が唖然として見る。黒の装束に金の冠。翡翠の腕輪に首飾り。殭死らしい青白い顔に剥きだした牙。鋭い爪。だがその顔は殭死の凶暴さとは無縁なほど整っており、気品に溢れていた。

 四人の侵入者を見てその殭死は吐き捨てるように言った。

「どのような輩が来るかと思えば……小童を含めた四人。この那威王も随分となめられたものだな」

「げっ、喋った! 喋ったよ、この殭死!」

 林魁が驚きのあまり、尻餅をつく。

「ふっ、余をそこらの妖怪と同じと思うな。高貴なる余の偉大な力。地上の万民に知らしめてやろうぞ」

「ふ、ふん。こっちには天界の仙女さまがいるんだぜ。覚悟するのはそっちのほうだ。さあ、仙女さま。やっちゃってください!」

 林魁が得意げに振り返る。頭上の光珠が、戸惑ったようにふらふら揺れていた。
 秦璃がぽかんとした表情で言う。

「あれ、ここどこ? わたし、今までなにやってたのかしら?」

 林魁、蘇悠、秦昂の三人は同時にずっこけた。

「またかよ! いい加減にしてくれよな」

「こんな肝心なときに! わざとやってるんじゃないだろうな、あの仙女さま」

「そ、それよりもどうするんです。わたしたちだけじゃ、殺されてしまいます」

 一同のうろたえる様子を、那威王は腕組みをしてじっと観察していた。

「ふーむ。どうやら存分に戦える状態ではないらしいな。うぬらを血祭りにあげるのはたやすいが、万全でない相手を倒すのは余の名誉にかかわる。そうだ、ここは一つ、うぬらの得意なことで勝負してやろう。うぬらの中で一人でも余に勝つことができれば、余は地上に出ることを諦めよう」

 四人は額を突き合わせて相談する。秦璃だけはまだ状況を理解していないようなので、秦昂(しんこう)が簡単に説明した。

「なんだ、そういうこと。じゃあ、わたしから勝負してあげるわ」

 秦璃が自信ありげに言い、一歩前に出る。

「ふん、いずれは万物を支配するであろう高貴なる余にできぬことなどない。さあ、勝負の内容を申せ」

 那威王が余裕の笑みを浮かべている。秦璃は腰にさげた袋から針と糸、布切れを取り出した。

「わたしが得意なのは刺繍よ。どっちがうまくできるかしらね」

 秦璃が一組の刺繍道具と布切れを那威王に渡す。那威王はなおも余裕の表情だった。

「おお、刺繍か。懐かしいな。母上と姉上が得意であった。ふ、この勝負、もらったも同然」

 那威王が無駄口を叩いている間に、秦璃はすいすいと縫い上げてしまう。色鮮やかな鳥と花の刺繍。見事な出来に、林魁たちが喝采を送る。
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