第26話 楽円寺の四人
文字数 2,217文字
四人は見覚えのある寺院の境内にいた。顔を見合わせ、まず最初に口を開いたのは林魁 だった。
「あっという間に楽円寺についちゃったね。妖怪が封印されてる場所って聞いたけど、おれらのいる世界と全然変わんないね」
「だが静かすぎる。それになんというか……空気がぴりぴりしている」
答えたのは蘇悠 。秦昂 は怯えた目で周りを見渡している。秦璃 をそばに抱き寄せようとしたが、今の秦璃には天界の仙女が憑依していると思い出し、踏み止まった。
その秦璃は不思議そうな顔で秦昂と同じようにきょろきょろしている。
「ねえ、ここって楽円寺よね。なんでわたし、こんなところにいるの?」
それを聞いて林魁、蘇悠、秦昂の三人はあんぐりと口を開ける。
「阿璃……なのかい? もとのおまえに、戻ったのかい?」
秦昂が恐る恐る訊く。秦璃は目をぱちくりとさせて、再び訊く。
「たしか天手河にいたはずだったのに。ねえ、龍先生はどこ?」
その様子を見て秦昂は嬉しそうだったが、林魁と蘇悠は不安げな表情をした。
「どうすんの? 肝心の仙女さまがいなきゃ、絶対勝てっこねえよ」
「どうするもこうするもないな。また秦璃に憑依するのを待つしかないようだな」
秦璃には今までのいきさつを簡単に説明する。それでとりあえずは納得したようだ。
四人は相談し、とりあえずこの周辺を調べることにした。秦昂だけはそれに難色を示したが、秦璃のそばを離れるわけにもいかずとぼとぼとその後ろからついてくる。
境内の外へ出る門。寺院とその隣にある石塔の入り口。
全てが鍵でもかかっているのか、びくとも動かなかった。歩き回る途中で秦璃がこの寺院についての知識を披露した。
「建てられたのは今から五百年くらい前ね。それ以前にも何度かここに建てられたらしいけど、おかしなことばかり起きるからすぐに壊されたらしいの。どうやら大昔にここに封印された妖怪のせいだって。そこで、楽円大師っていう偉いお坊さまがお祓いして、ここに寺院と六層もの高さの石塔を作ったんだって。だから楽円寺って名前なの。もちろんそれからはおかしなことも起こらなくなったって」
「へえ、師匠から教えてもらったのか。おれはお祭りのときにここが開放されるってことぐらいしか知らねえな」
「龍先生はあんたにも教えたわよ。あんたが覚えてないだけじゃない」
「道家には関係ないだろ、お寺のことなんか。覚えなくてもいいんだよ」
「そのくらい知ってなきゃ道士にはなれないわ。そんなんだから、ずっと見習いから卒業できないのよ」
「なんだと、バカにしてんのか」
「さあね。少なくとも賢いとは思ってないわね」
「言ったな! もう勘弁ならねえ」
林魁がつかみかかる。秦璃も負けじと平手打ちを喰らわせる。蘇悠と秦昂が足蹴にされながら、やっと二人を引き離した。
「やれやれ、こんなときにまで喧嘩することないだろう」
蘇悠と秦昂が苦笑しながらたしなめる。そのとき、ふと林魁は石塔の一部の壁が周りの色と少しばかり違うことに気づく。
「ねえ、蘇悠さん。ここ」
この中で最も腕力のある蘇悠に壁を押してみるよう頼む。
しかし蘇悠がいくら押したり、叩いたりしてもなんの変化もなかった。
「おかしいな。なんかあると思ったんだけど」
林魁が落胆し、視線を落とす。砂利の敷き詰められた地面。もしかしたらと砂利を払いのけ、剥きだしの地面を叩いてみる。
「お、中は空洞になっているな」
内側で反響する音に気づき、蘇悠も地面を叩く。秦璃が声をあげた。
「ここの隙間、手が入るわ。引っぱってみて」
蘇悠が地面の隙間に手を入れ、勢いよく引っぱる。ただの地面ではなく、扉だった。縦に大きな穴が開いている。目を凝らせば階段らしきものが奥へと続いていた。
「やった! 隠し通路だ。行ってみようよ、みんな」
さっそく飛び込もうとした林魁を蘇悠が抱きかかえて止める。
「阿呆か。どう考えてもこの先に妖怪がいるに決まっている。仙女さまがいないおれたちに、どうしろってんだ」
「だから、ちょっと行ってみるだけだって。その間に仙女さまが戻ってくるかもしれないでしょ。もしやばそうだったらすぐに戻ればいいって」
危険だとは林魁も感じている。だがそれ以上に、このままここにいるのは退屈だった。せっかく見つけた隠し通路を目の前にしてじっとしていられるはずがない。
「たしかに、ここにいてもしょうがないわね。わたしは行くわよ」
好奇心旺盛な秦璃もその階段を降りようとする。これは秦昂が止めた。
「阿璃や。頼むから危ないことはやめておくれ。わたしにはおまえしかいないんだ。おまえになにかあったら、わたしはどうしたらいいんだ」
「お父さまったら大げさね。心配ないわよ。ちょっと奥のほうがどうなってるか、見てみるだ──」
突然、秦璃の動きが止まった。
目がうつろで、身体は完全に固まっている。かと思いきや、いきなりぱぁん、と秦昂の頬をひっぱたいた。
「退 けい、那威王 はすぐそこじゃ。ほれ、皆も続け」
涙目で頬を押さえる秦昂を押しのけ、勝手に階段を降りていく。慌てて他の者たちがそのあとを追う。
「うわ、でたよ。いきなりだもんなあ。びっくりするよ」
「ああ。出たり引っ込んだり、忙しい人だな。見ろよ、秦昂さんを。かわいそうに。娘だと思ったらいきなり別人に変わってんだぜ。そりゃ、戸惑うよな」
後ろについて行きながら林魁と蘇悠はぼそぼそと話し合う。秦昂もいまだ涙目のまま、とぼとぼとそのあとに続く。
「あっという間に楽円寺についちゃったね。妖怪が封印されてる場所って聞いたけど、おれらのいる世界と全然変わんないね」
「だが静かすぎる。それになんというか……空気がぴりぴりしている」
答えたのは
その秦璃は不思議そうな顔で秦昂と同じようにきょろきょろしている。
「ねえ、ここって楽円寺よね。なんでわたし、こんなところにいるの?」
それを聞いて林魁、蘇悠、秦昂の三人はあんぐりと口を開ける。
「阿璃……なのかい? もとのおまえに、戻ったのかい?」
秦昂が恐る恐る訊く。秦璃は目をぱちくりとさせて、再び訊く。
「たしか天手河にいたはずだったのに。ねえ、龍先生はどこ?」
その様子を見て秦昂は嬉しそうだったが、林魁と蘇悠は不安げな表情をした。
「どうすんの? 肝心の仙女さまがいなきゃ、絶対勝てっこねえよ」
「どうするもこうするもないな。また秦璃に憑依するのを待つしかないようだな」
秦璃には今までのいきさつを簡単に説明する。それでとりあえずは納得したようだ。
四人は相談し、とりあえずこの周辺を調べることにした。秦昂だけはそれに難色を示したが、秦璃のそばを離れるわけにもいかずとぼとぼとその後ろからついてくる。
境内の外へ出る門。寺院とその隣にある石塔の入り口。
全てが鍵でもかかっているのか、びくとも動かなかった。歩き回る途中で秦璃がこの寺院についての知識を披露した。
「建てられたのは今から五百年くらい前ね。それ以前にも何度かここに建てられたらしいけど、おかしなことばかり起きるからすぐに壊されたらしいの。どうやら大昔にここに封印された妖怪のせいだって。そこで、楽円大師っていう偉いお坊さまがお祓いして、ここに寺院と六層もの高さの石塔を作ったんだって。だから楽円寺って名前なの。もちろんそれからはおかしなことも起こらなくなったって」
「へえ、師匠から教えてもらったのか。おれはお祭りのときにここが開放されるってことぐらいしか知らねえな」
「龍先生はあんたにも教えたわよ。あんたが覚えてないだけじゃない」
「道家には関係ないだろ、お寺のことなんか。覚えなくてもいいんだよ」
「そのくらい知ってなきゃ道士にはなれないわ。そんなんだから、ずっと見習いから卒業できないのよ」
「なんだと、バカにしてんのか」
「さあね。少なくとも賢いとは思ってないわね」
「言ったな! もう勘弁ならねえ」
林魁がつかみかかる。秦璃も負けじと平手打ちを喰らわせる。蘇悠と秦昂が足蹴にされながら、やっと二人を引き離した。
「やれやれ、こんなときにまで喧嘩することないだろう」
蘇悠と秦昂が苦笑しながらたしなめる。そのとき、ふと林魁は石塔の一部の壁が周りの色と少しばかり違うことに気づく。
「ねえ、蘇悠さん。ここ」
この中で最も腕力のある蘇悠に壁を押してみるよう頼む。
しかし蘇悠がいくら押したり、叩いたりしてもなんの変化もなかった。
「おかしいな。なんかあると思ったんだけど」
林魁が落胆し、視線を落とす。砂利の敷き詰められた地面。もしかしたらと砂利を払いのけ、剥きだしの地面を叩いてみる。
「お、中は空洞になっているな」
内側で反響する音に気づき、蘇悠も地面を叩く。秦璃が声をあげた。
「ここの隙間、手が入るわ。引っぱってみて」
蘇悠が地面の隙間に手を入れ、勢いよく引っぱる。ただの地面ではなく、扉だった。縦に大きな穴が開いている。目を凝らせば階段らしきものが奥へと続いていた。
「やった! 隠し通路だ。行ってみようよ、みんな」
さっそく飛び込もうとした林魁を蘇悠が抱きかかえて止める。
「阿呆か。どう考えてもこの先に妖怪がいるに決まっている。仙女さまがいないおれたちに、どうしろってんだ」
「だから、ちょっと行ってみるだけだって。その間に仙女さまが戻ってくるかもしれないでしょ。もしやばそうだったらすぐに戻ればいいって」
危険だとは林魁も感じている。だがそれ以上に、このままここにいるのは退屈だった。せっかく見つけた隠し通路を目の前にしてじっとしていられるはずがない。
「たしかに、ここにいてもしょうがないわね。わたしは行くわよ」
好奇心旺盛な秦璃もその階段を降りようとする。これは秦昂が止めた。
「阿璃や。頼むから危ないことはやめておくれ。わたしにはおまえしかいないんだ。おまえになにかあったら、わたしはどうしたらいいんだ」
「お父さまったら大げさね。心配ないわよ。ちょっと奥のほうがどうなってるか、見てみるだ──」
突然、秦璃の動きが止まった。
目がうつろで、身体は完全に固まっている。かと思いきや、いきなりぱぁん、と秦昂の頬をひっぱたいた。
「
涙目で頬を押さえる秦昂を押しのけ、勝手に階段を降りていく。慌てて他の者たちがそのあとを追う。
「うわ、でたよ。いきなりだもんなあ。びっくりするよ」
「ああ。出たり引っ込んだり、忙しい人だな。見ろよ、秦昂さんを。かわいそうに。娘だと思ったらいきなり別人に変わってんだぜ。そりゃ、戸惑うよな」
後ろについて行きながら林魁と蘇悠はぼそぼそと話し合う。秦昂もいまだ涙目のまま、とぼとぼとそのあとに続く。