第98話
文字数 1,202文字
「本当に、目を疑いました。勝手ながら、事件性が無いことを証明するために警察にこの動画と、あと貴禰さんのモバイルの閲覧履歴を提出させてもらいました」
「閲覧履歴?」
「ああ、バナナの皮が何故滑りやすいかを検証した、面白実験のプレゼンな」
「はい?」
依里子の声が裏返る。まさか、その実験を、再現しようとしたの―?
「…」
いたたまれなくなったのか、貴禰は掛け布団を頭から被って丸まってしまった。
「…え?」
そんな彼女を尻目に、ほれ、と、幸樹が依里子にモバイルを差し出す。それに目を止めて数秒後、依里子は唖然として呟いた。
「ば、ばかじゃないですか!?」
「ばかとは何よ、ばかとは!?」
掛け布団を跳ね上げて貴禰が抗議の声を上げるが、依里子は負けじと声を張った。
「ばかですよ! 危ないって、わかりそうなものでしょ? 何考えてるんですか! 頭なんて、打ちどころ悪かったら最悪のことだって…!」
怒声が、次第に涙声に入れ替わる。最悪のこと、それは―。そこまで考えて、依里子は全身が総毛立つのを感じた。また一人ぼっちになる? いやだ、そんなの、絶対にいや!
「だめです、死なないでください、お願いします―!」
「これしきのことで死にゃあしませんよ! まったく何を言っているんだか。
だいたい、死なないでって、それじゃあ、あの家の不動産、いつまで経ってもあなたのものにならないのよ?」
涙の懇願に、貴禰は呆れ声で言う。その言葉に依里子は激しく反応し、言い募った。
「要らないです、何も要らない、だから一緒にいて、いなくならないで。独りにしないで。お願いです、約束して、絶対死なないって、ねえ、ずっと一緒って。
クリスマスの準備をしますから、ね、一緒にお祝いをしましょう。ケーキとチキンで。それから一緒に初めてのお正月を―おせちの作り方、教えてください―、で、春になったらあのお庭の桜の下でお花見して、秋はお月見して、それから、それから―」
「絶対死なないって、あなた、そんな無茶な―」
「いいがら! お願いですってば!!!」
話すうちに感情が昂り、どうにもならなくなってきたらしい。人目も憚らず、涙どころか鼻水まで垂らして喚き泣く依里子の声を聞きつけて、そっと廊下から部屋を覗く人々の視線が痛い。貴禰は、ついに音を上げた。
「ああもう、よしなさい。わかった、わかったわよ! 約束するから!」
「ほんどうでずが?」
「ええ。ほら、顔拭いてちょうだい。やだ、ちょっと! 鼻水を私に付けないで!」
なんだこれ、修羅場かよ??
そう思いながら、幸樹がそっとベッド脇のテーブルにあったティッシュボックスを差し出すと、依里子はそれを受け取り、数枚まとめて引き抜いてから、ビーーッ! と、それは勢いよく鼻をかんだ。
ねえ、約束して。病めるときも健やかなるときも―。
…無茶なことを言っていると、理性ではわかっている。わかっている、けど。
そうね、今だけは。
「閲覧履歴?」
「ああ、バナナの皮が何故滑りやすいかを検証した、面白実験のプレゼンな」
「はい?」
依里子の声が裏返る。まさか、その実験を、再現しようとしたの―?
「…」
いたたまれなくなったのか、貴禰は掛け布団を頭から被って丸まってしまった。
「…え?」
そんな彼女を尻目に、ほれ、と、幸樹が依里子にモバイルを差し出す。それに目を止めて数秒後、依里子は唖然として呟いた。
「ば、ばかじゃないですか!?」
「ばかとは何よ、ばかとは!?」
掛け布団を跳ね上げて貴禰が抗議の声を上げるが、依里子は負けじと声を張った。
「ばかですよ! 危ないって、わかりそうなものでしょ? 何考えてるんですか! 頭なんて、打ちどころ悪かったら最悪のことだって…!」
怒声が、次第に涙声に入れ替わる。最悪のこと、それは―。そこまで考えて、依里子は全身が総毛立つのを感じた。また一人ぼっちになる? いやだ、そんなの、絶対にいや!
「だめです、死なないでください、お願いします―!」
「これしきのことで死にゃあしませんよ! まったく何を言っているんだか。
だいたい、死なないでって、それじゃあ、あの家の不動産、いつまで経ってもあなたのものにならないのよ?」
涙の懇願に、貴禰は呆れ声で言う。その言葉に依里子は激しく反応し、言い募った。
「要らないです、何も要らない、だから一緒にいて、いなくならないで。独りにしないで。お願いです、約束して、絶対死なないって、ねえ、ずっと一緒って。
クリスマスの準備をしますから、ね、一緒にお祝いをしましょう。ケーキとチキンで。それから一緒に初めてのお正月を―おせちの作り方、教えてください―、で、春になったらあのお庭の桜の下でお花見して、秋はお月見して、それから、それから―」
「絶対死なないって、あなた、そんな無茶な―」
「いいがら! お願いですってば!!!」
話すうちに感情が昂り、どうにもならなくなってきたらしい。人目も憚らず、涙どころか鼻水まで垂らして喚き泣く依里子の声を聞きつけて、そっと廊下から部屋を覗く人々の視線が痛い。貴禰は、ついに音を上げた。
「ああもう、よしなさい。わかった、わかったわよ! 約束するから!」
「ほんどうでずが?」
「ええ。ほら、顔拭いてちょうだい。やだ、ちょっと! 鼻水を私に付けないで!」
なんだこれ、修羅場かよ??
そう思いながら、幸樹がそっとベッド脇のテーブルにあったティッシュボックスを差し出すと、依里子はそれを受け取り、数枚まとめて引き抜いてから、ビーーッ! と、それは勢いよく鼻をかんだ。
ねえ、約束して。病めるときも健やかなるときも―。
…無茶なことを言っていると、理性ではわかっている。わかっている、けど。
そうね、今だけは。