第55話 貴禰と依里子、すれ違う

文字数 924文字

 仕事を終え帰宅する道すがら、依里子はだいぶ慣れてきた新しい職場について思いを巡らせていた。
 今度の職場はまあまあ快適みたい。入居者の方々は基本的にまだまだ元気で、身の回りのことは自分でこなせる人ばかり、手はかからない。時々スマホでお屋敷の様子をチェックするのも、難しくなさそう。いずれはちゃんと信頼を得て、見守りだってできるということに持って行けるようにしないとね。
 …元の職場では、あのアンドロイドが活躍しているようで、前の施設で同僚だったつかさんに偶然会ったとき、アイさんはすごい、と言っていた。所長は“彼女”(と呼ぶのだそうだ)にぞっこん(死語?)で、職場のエースだの期待の星だの言っているって。最年少で後見人資格を取得した私も、かつてそんな風に呼ばれたこともあったっけ。その座をロボットに譲ったことになるのかしら? そう言えば、つかさんの仕事も、アイ登場の余波で若干減っているらしい。

 …いずれは、今あなたが働いている施設のほうでもアイさんに働いてもらおうと考えている、という所長の言葉を思い出し、依里子は暗澹たる気持ちになった。

 これから、どうなるのかしら。

       ***

「ただいま…」
 玄関でそう呟いきながら、上がり框に腰を下ろして靴を脱ぐ。そうしながら今日の出来事に心囚われて、沈んだ顔でしばし動きを止めたが、
「おかえり。遅かったわね」
 背後からそう声をかけられ、依里子は3センチほど跳び上がった。
「なによ、お化けでも見たような顔して」
 その反応に驚いた風で、貴禰がそう言うと、だって、と依里子は反論した。
「びっくりもしますよ! いつの間にかいらしていたんですもの
「あら、別に私は忍び足で来たわけじゃありませんよ。あなたがぼんやりしていて、気付かなかったんじゃないの。…何かあったの?」
 話すうちに依里子の元気の無い様子に気付き、貴禰は声を少し潜めてそう問うた。
「…別に、大したことではありません。ご心配なく」
「あ、そう。それなら別にいいのよ。“ご”心配なんて、していませんからね」
 何となく拒絶されたように感じ、口調は知らず強くなる。そして、そんな自分に、貴禰は密かに驚いていた。

 …なぜかしら、こんなことで苛立つなんて。
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