第69話

文字数 1,009文字

 結局、まゆみ“くん”の秘密は、依里子たちの胸にしまっておくことになった。
 お小遣いは断るよ、どうしても、と、渡されてしまったら、あなたたちのうちの誰かを通じて戻すから―。それに同意したら、彼女、もとい、彼は、なんだかほっとしたように見えた。
「お金を渡そうとされたら、それよりもお人形がほしいと、言ってもらえるかしら? やりがいにつながるので、よりよい効果が期待できるんです」
「ああ、なら、バザーに出したいから作ってって頼んでみようかな。クラスでもこの人形が可愛いって言ってる子たちがいるし。売れたら、寄付もできる」
「それはいいですね!」
「名案だと思います」
「流石だわ! 頭がいい」
 女3人(?)に口々に褒められて、彼は落ち着かなげにそわそわし、別に、こんなの普通でしょ? と呟いた。

        ***

「と、いうことになったんです」
 着付けのレッスンを受けながら依里子が一連の経緯を話すと、貴禰は興味深げに耳を傾けて、最後に、あら、それはよかったじゃない、と言った。
「その坊や、ようやくちゃんと落ち着いた居場所ができたのね。アイさんも、活躍を見せられてよかったじゃないの」
「ああ、そう、そうですね」

 あれから、所長はアイさんを再評価したらしく、いろいろと相談を持ち掛けていると聞いた。最適解はお出しできません、と、再三言っているのに、聴いちゃいないのよ、とは、“つか”さん改め“つかさ”さんの言。名札を作ったときうっかり区切り位置を間違えて、でも面倒だから放置しておいたのよ、だそうで。
 でもびっくりしました、とうやまさんの、実のお孫さんだったなんて! どうして黙っていたのかしら、そんな依里子の言葉に、貴禰は、そりゃあね、と言った。
「ずっと可愛がってくれていた人に忘れられてしまっては、哀しいわよね」
「…そうですね」
 そうか、あの人は、他人として実の祖母の面倒を見ていたんだ。そう気づいて、依里子は胸が詰まるようないがした。『ゆみ』という名札を見てなお孫であることに気づかれなかったらショックだろうし、だから、名札の標記が違っているからしかたがない、という言い訳が必要だったのかも、と想像した。
 切なかっただろうな、と思う。とうやまさんのあの様子では、子どものころはさぞ可愛がられていたに違いない。なのに、今は、自分を認識してもらえず、代りに自分と取り違えられた他人が可愛がられるのを見てるしかなかった、なんて。
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